ディラン中島マッケイ 著 小説

ゾウさんチームが誇る文豪、ディラン中島マッケイによる小説を展示しております。

ご自由にお読みください。

ガールズ&パンツァー外伝 〜鉄血義勇軍〜

※この物語は、まだ西住みほが黒森峰女学園に在籍中の頃です。


プロローグ

「今年の戦車道全国大会も期待しているよ」

軍服姿のちょび髭、ツーブロック、小太りの初老の男が、これまた小太りでスーツ姿の初老の男にそう言った。

「もちろんですとも理事長。何せ今年は大会10連覇がかかっていますから」

「ああ、悲願の10連覇だ。君にこの黒森峰女学園の校長を任せて正解だったよ。君が校長に就任してからこの9年間、我が校の戦車道部隊は負け知らず。無敵の強さを誇り、他校に恐れられる存在となった。日本国内外問わずね」

どうやらこの二人の男は、とある女子高校の理事長と校長のようだ。

今年の戦車道の全国大会について校長室で話し合っていた。

「ありがとうございます。戦車道部隊の活躍で我が校の知名度と好感度はうなぎ登りですよ。生徒の増加や、政界、一流企業とのコネクションも築けました。日本でこの黒森峰の名を知らぬものはいないでしょう。これも理事長に強力なドイツ戦車を揃えて頂いたおかげです」

そう言われた理事長は不敵な笑みをうかべた。

「今年はEUのクラウス=マッファイ社から新たに戦車を調達したのでな。まあ新たにと言っても博物館レベルの骨董品だがね。パンターG型の車両数の増強と、新たな戦車としてエレファント重駆逐戦車が配備されることになった。ますます火力が強力になることだろう」

「おお…それはまた心強い!これで今年の優勝も間違いありませんね。それにしてもさすが理事長、ヨーロッパのシンジケートにもお顔がきくとは」

「いやーなに、そこは西住流のコネを使ったのだよ。あそこは古来より戦争、武器、兵器に携わっている。言わば闇の商人といっても過言ではない」

「西住流ですか。うちの戦車道部の隊長と副隊長も西住流の娘ですね。やはりこの人事は取引の条件ということですか?」

「そういう部分もある。もちろん先祖代々受け継がれている戦車道の技術もあるのでな。実際あの姉妹が我が校の戦車道に入隊してから更に部隊は強くなった。敵にとっては残酷なほどにな」

「類いまれなる技術と才能、そして強力な兵器業界への太いパイプライン。西住流がバックボーンにあれば恐いものはありませんね。しかしなぜ西住流とはそこまでに力を持っているのでしょうか?何処を調べても西住流の起源や成り立ちは、はっきりとは明記されていないようですが…」

「それはわしにもわからん。謎のベールに包まれている。はっきりしているのは日本で最古、そして最大の戦車道の流派であること、それだけだよ。起源については諸説出回ってはいるが、どれも信憑性に欠ける。中には面白い一説もあるがね」

「ほう、どのような?」

「ふふ…その一説によると、古代日本の万葉集の中に西住流の起源、人物らしきことが記されているらしくてな」

理事長は一端間を置き、続けた。

「ただその者は遊女として登場するらしい」

「遊女…ですか?」

「ああ。そして西住の娘は代々なぜか美人しか生まれないらしく、その美貌で若いうちから日本の上層部にあてがわれ、誘惑し、政治や軍事に介入してきたと…」

そこで少し校長の顔が曇った。

「その話、娘がいるわたしには怖い話ですな」

「まあ所詮は想像の話だよ。…おっと、もうこんな時間か。少し喋りすぎたな。そろそろ失礼させてもらおう。役員会の会議があるのでね」

理事長は急を思い出したかのように慌てて言った。

「そうでしたか。ではまたの機会にお願いいたします」

「ああ」

そう言うと理事長はその場を後にして校長室を出ていった。




校長は椅子に座った。

胸のポケットからライターとタバコを取り出して火をつけた。

煙を吹き出すと、ふと部屋の隅にある本棚が視界に入った。

校長就任前からあったであろうその本棚には数冊の本が並べられている。

ほとんど読んだことはなかった。

一冊の本が目についた。

『戦争の歴史と戦車道』

手に取って開いてみた。

そこには人間の醜い狂暴と惨たらしい死が描かれており、その上に現在の戦車道が成り立っていると書かれていた。


一時間程で本を読み終えると校長はたばこを灰皿に押しつけ、校長室から出ていった。

 


第一章 灯火

肥後の国熊本は九州本島の中央部に位置し、南部の九州山地や北部の緩やかな山々に囲まれ有明海に面した平野や盆地が広がっている。

夏冬の寒暖の差は比較的大きい。

また水道水が100%地下水で賄われており、人口70万人以上の都市としては日本唯一、世界でも希少な都市である。

世界最大級の阿蘇カルデラを持つのも特徴の一つだ。

『熊本』という名前はもとは『隈本』であったが、肥後熊本藩初代藩主の加藤清正によって『熊本』に改名された。

清正によって熊本は領地経営が進められ、豊かにもなった。

また清正は勇猛果敢な武将として知られている。

その強さと逞しさは今も脈々と受け継がれていた。

熊本の戦車道常勝部隊を有する強豪校、黒森峰女学園に。

 

 


黒森峰女学園の広大なグラウンドからは絶えず強烈な砲撃音が鳴り響いていた。

三号戦車やパンター等、黒森峰が誇るドイツ戦車が砲撃練習を行っていた。

「撃て」

監視台にいる部隊隊長の無線の指示で一斉に車両が的に向かって射撃を行う。

どの車両も的の真中を正確に打ち抜いていた。

それを確認した隊長は、次の指示を出す。

「次弾装填」

 

 

戦車道は乙女の嗜みとされており、部隊の隊員は全員女子高生の少女である。

黒森峰の戦車道部隊の隊長も西住まほという少女だった。

西住まほは黒森峰女学園の二年生で、今年から黒森峰戦車道部隊の隊長を任されていた。

彼女は西住家の長女で西住流の後継者でもある。

西住流とは、『撃てば必中 守りは固く 進む姿は乱れ無し 鉄の掟 鋼の心』がモットーの戦車道の家元である。

彼女はまさに西住流を体現したかのような存在だった。

幼い頃から戦車道の英才教育を受け、戦車兵としての技術と知識を叩き込まれた。

厳しい鍛錬により培った鉄の精神を持っており、県内外のライバル校からも恐れられている。

彼女が在籍している黒森峰女学園は、現在行われている第62回戦車道全国大会を順当に勝ち進み、決勝を五日後に控えていた。

「よし、今日はここまで!各隊員は車両を格納し、格納庫の前に集合せよ」

まほの指示で各車両が引き揚げ始めた。今日の練習は終了のようだ。

隊員は戦車兵、整備班合わせて200人以上もいる。

黒森峰は戦車道の伝統校であり、全国から実力のある者が特待生として集められていた。

その選ばれた隊員達全員が、まほの前に整然と整列した。

「気をつけぇ!!」

一年生の逸見エリカの号令で隊員達は背筋を伸ばし、両足を揃えた。

現在副隊長が別任務で不在の為、一年生であるエリカが代役を務めている。

まほは格納庫の前にある指令台の上から全員を見渡し、冷静な表情で話し始めた。

「いよいよ5日後が全国大会決勝だ。敵はプラウダ高校、ソ連戦車のチームだ。攻撃力は我々と同等かそれ以上と思われる。特に気をつけなければならないのがKV-2とスターリン重戦車の高威力の砲弾だ。あれの直撃を受けたら私のティーガーでも無事では済まないだろう。各車とも絶対に油断はするな。敵を完膚なきまで叩き潰すことだけを考えろ。我々には勝利以外の道はない」

まほは一呼吸おき続けた。

「詳細な作戦会議は3日後に行う。が、これだけは肝に銘じておけ。敵に情けをかけてはならない。敵の如何なる隙も見逃すな。鉄十字の名のもと、正義の鉄槌を下すのだ」

そしてまほは右手をつま先までピンと伸ばし、体の手前に持って行った後、斜め右に上げた。

「ジークハイル!」

まほは叫んだ。

一同も続く。

「ジークハイル!!」

隊員達を今一度見渡すと、まほは右手を下ろし指令台を下りた。

それを確認したエリカは続けて指令を出した。

「では本日はこれにて解散!各戦車長は機体状況を担当整備班に報告、整備班は問題があれば明日の練習開始までに整備を行え!以上!」

隊員達は各担当車両へと散らばった。

 

解散後、まほは黒森峰の各車両を確認して回った。

格納庫には威風漂うドイツ戦車が立ち並んでいる。

偵察機の一号戦車C型を初め、部隊の中核を担う中戦車の三号戦車や五号戦車パンター、ドイツ軍が誇る駆逐戦車の四号駆逐ラング、五号駆逐ヤークトパンター、エレファント重駆逐戦車、第二次大戦中伝説的な強さを誇り、隊長西住まほが搭乗する六号重戦車ティーガー。

そして黒森峰最強の戦車、いや、第二次大戦中最強の重戦車、ケーニッヒスティーガーの姿もあった。

ケーニッヒスティーガーは攻撃面、防御面において黒森峰の最重要戦車だ。

ケーニッヒスティーガーの主砲は8.8cm KwK43/2 L/71 戦車砲。

有効射程距離はソ連の主力戦車T-34の3倍に相当し、第二次大戦中のすべての車両に対して射程外からの撃破が可能である。

更に前面装甲は150㎜〜180㎜と防御面も最強クラスだ。

実際に黒森峰のケーニッヒスティーガーは撃破はおろか、徹甲弾が貫通したこともない。

如何なる戦車もケーニッヒスティーガーの前では蹂躙されてしまうだろう。

この強力な車両の戦車長に、まほは一年生の逸見エリカを抜擢していた。

一年の新人に強力な重戦車を任せるには反対の声も多数あったが、エリカの才能とエリカのまほに対する忠誠心を見抜いたまほは、周囲の反対を押し切り決定した。

抜擢されたエリカは、まほへの忠誠心を異常ともいえる程に強めていた。

「ご苦労様です、西住隊長!」

ケーニッヒスティーガーの前まで来たまほに、エリカが声を掛けてきた。 

「エリカか。ケーニッヒスティーガーの調子はどうだ?」

「はい。まったく問題ありません。今日の射撃訓練でも全弾、的のど真ん中に命中しました。整備、調整とも完璧であります!」

「そうか。確かに今日の訓練はいい出来だった。装填時間や照準時間も申し分ない。今大会における撃墜数トップもお前のケーニッヒスティーガーだ。決勝戦も期待しているぞ」

「は、はい!ありがとうございます!」

エリカは顔を赤らめた。

普段のエリカは誰に対しても威圧的で常に周りを見下すような性格なのだが、まほに対してだけは違った。

誰よりもまほを尊敬し、慕っていて、そんなまほに褒められると嬉しくて赤面してしまうのだった。

その様子を見ていた周りの隊員達の中には冷ややかな視線を送る者もいた。

だが、まほは気にしていない様にふるまった。

「エリカ、ケーニッヒスティーガーはその超重量によりトランスミッションが故障しやすい。油断はするな。戦場で問題が起こった時の対策もしっかり考えておくんだ」

「分かりました隊長。確かにこの戦車は高性能な分、運用上の問題が沢山あります。すぐに部隊でミーティングを行い、問題点の洗い出し、対策を練りたいと思います。報告は最終作戦会議の前日に致します」

「そうだな。そのようにしてくれ。あと、私はこの後用事があるので先に上がる。後のことは任せたぞ」

「分かりました。お疲れ様です!」

「ああ、お疲れ」

そう言うとまほはその場を去ろうとした。

「西住隊長!」

エリカはまほを呼び止めた。

するとまほにかなり接近してきて、恥ずかしそうにまほを見ながら周りに聞こえないよう小声で言った。

「私は黒森峰、もとい西住隊長の勝利の為に身も心も捧げる所存であります。隊長の盾となり矛となります。私は、私が信じるのは世界中でただ一人、西住まほ、あなただけです」

エリカは恥ずかしそうにしながらも、まっすぐにまほを見つめていた。

まほは少しの間言葉につまってしまったが、すぐに手をエリカの両肩において言った。

「よく言った。その言葉信じるぞ、エリカ。プラウダ攻略はお前の肩にかかっている」

「は、はい!ありがとうございます!粉骨砕身でプラウダ戦に臨みます!」

エリカの顔には嬉しさの笑みが浮かんでいた。

「では頼んだぞ」

「はい!」

エリカとのやり取りを終えると、まほは熱い視線と冷たい視線の両方を背中で感じながら隊長室へと向かった。


格納庫での車両確認を終えたまほは隊長室で帰る支度をしていた。

するとドアをノックする音が聞こえてきた。

「失礼します隊長。堂前です」

「ああ、入っていいいぞ」

まほの返事で総整備班長で三年生の堂前稲美が入ってきた。

彼女が整備班の最高責任者だ。

「隊長、もう帰られるのですか?」

「ちょっと用事があってな。すまない」

「相談したいことがあるんですが、少しお時間頂けないでしょうか」

稲美の言葉は淡々としていたが、どこか有無を言わせない力がこもっていた。

部下とはいえ、整備長であり学年では先輩にあたる稲美の言うことを無下に断るわけにもいかなかった。

「ああ、わかった。どうした?」

「逸見エリカのことなんですがね。やはり彼女にケーニッヒスティーガーの車長はまだ荷が重いと思われます。あの車両は強力ですが、その分問題も多い。経験豊富な三年生が適任と思われます。第一、車長が一年のエリカで車長以外の役職が全員三年では、隊および他の隊全員の士気に関わります」

稲美の相談とはエリカの車長としての適任を問う内容のようだ。

これはエリカのケーニッヒスティーガー車長決定時から言われていることだった。

「またそのことか。以前も話したが、それについてはもう決定したことだ。エリカには戦車乗りとしての才能がある。実際結果を出しているじゃないか。今大会も優秀な成績を納めている。文句のつけようなどどこにある?それに士気のことを言えば、決勝前に人事を変えるのもどうかと思うのだが?」

「成績ははっきり言って関係ないと思います。ケーニッヒスティーガーは機体性能が圧倒的に抜きん出ています。そして実際に操縦しているのは百戦錬磨の三年生達です。能力が劣る車長が乗ったとしてもあの程度の成績は残せますよ。問題は”誰が”車長であるかです。隊長もわかってるとは思いますが、エリカの車長抜擢に対しては三年を中心に不満に思っているものが多いんですよ」

エリカは性格上、年上の扱いが下手だった。

自分の考えがすべて正しいと思い、言葉を慎んだり、相手の意見を尊重するということを知らなかった。

しかしまだ一年生、15歳。

これから経験を積めばどうにかなると、まほは思っていた。

「稲美の言うことにも一理ある。砲手も装填手も通信手も操縦手も我が校が誇る一流の隊員が努めている。だが、誰が車長でも一緒と言うのは聞き捨てならない」

少しずつ高揚してきたまほの言葉を稲美は黙って聞いている。

「戦車は車長の適格な判断と指示があってこそ真価を発揮する。エリカには確かな状況判断能力と相手の裏をかける鋭い洞察力がある」

「御言葉ですが、そのような人材は他にもいます」

「それだけではない。攻撃において、一種の"執念"というべきものを持っている。狂気にも似たその内なる闘争心は、敵を圧倒的に蹂躙する。他の誰もが持ち得ないものだ。まさにケーニッヒスティーガーの車長に打ってつけの人材なんだよ。だから私はエリカを選んだ」

稲美は冷静な表情で熱く語るまほを怪訝な顔で見ていた。

「確かに狂気じみていますよ、エリカの戦い方は。見ているこっちが不安になる程にね。そうですか、隊長はエリカに相当な期待をしているのですね」

「無論だ。そうでなければケーニッヒスティーガーの車長を任せたりはしない」

「しかし、他の隊員、特に三年生は納得しないでしょう」

「そんなことはどうでもいい事だ。いずれは今の三年はいなくなりエリカや私達の時代がくる。そもそもお前達は二年の私が隊長というのも気に入らないのだろう。当然といえば当然だがな」

「そういう声もありますね」

「だがな、私に逆らうということは西住流に歯向かうということだ。稲美。お前も私に歯向かうのか?」

稲美はまた少し黙ったが、すぐに口を開いた。

「…いえ、隊長に対して個人的には何もありません。しかしエリカに関しては納得していません。このままでは三年生の冷めた雰囲気を払拭することはできませんよ。よろしいのですか?」

すぐにまほは答える。

「エリカは多少傲慢なところがある。もう少し先輩を労う心があればまた違ったのだろう。だが、すべてはエリカが決めることだ。私はそれで良い」

稲美の表情は怪訝なままだったが、ここでまほの考えを変えさせるのは無理だと判断したようだった。

「そうですか…。わかりました。では私はこれで失礼します。5日後の決勝戦、いつものように勝てることを信じてますよ。10連覇もかかっていますし」

「君達の最大限のバックアップがあってこそ勝利できる。こちらの方からも頼んだぞ」

「わかりました」

稲美は静かに隊長室を出ていった。

まほは溜息を吐いた。

エリカについて心配が無いと言えば嘘になる。

だが、自分の判断を簡単に変える気はなかったし、それ以上にまほのエリカに対する期待度は高かった。

だからこの時のまほはこれで良いと信じていたのである。

そしてまほは用事のことを思い出し、更衣室へと向かった。


シャワーを浴び制服に着替えたまほは、熊本市の市街地へと向かった。

黒森峰の学園艦は現在熊本港に停泊しており、熊本への往来ができるようになっている。

中心街である下通アーケード街で、ある人と待ち合わせをしていた。

何やらまほの雰囲気もいつもの冷徹で固いイメージとはちがう様子だった。

唇には薄いリップを引き、少しばかり化粧を施しているようだ。

約束の場所に到着すると先に相手が待っていた。

「やあ。久しぶりだね」

学ランに身を包んだその男は中々の好青年だった。

どうやら違う学校の生徒の様だ。

「冨雄、ごめんなさい。かなり遅れてしまったわ…」

「いいよ、いいよ、大丈夫。今日もまほは戦車道の練習だったんだろ?決勝も控えているし仕方がないさ」

「ほんとうにごめんなさい。この埋め合わせはいつか必ず…」

「大丈夫だって!それよりもまほ疲れてるだろ?立ち話もなんだしあそこの戦車カフェにでもいかない?」

「ええそうね、行きましょう」

そういうと二人は通り沿いの戦車カフェに入っていった。

カウンターで二人ともアイスコーヒーを注文し、席に着いた。

「全国大会決勝、いよいよ5日後だね。俺も応援に行くよ。まほの勇姿をこの目で見たいからね」

「それはうれしいわ。応援お願いね」

「これで勝てば10連覇だし、そうなればまほの名前が歴史に残るよ」

「そんなおおげさな…でもあなたの母校、シャール高校との戦いはすまなかったわ…」

「気にしてないさ。自分の高校が負けたのは残念だけど、俺はシャール高校の生徒の前に君の味方だよ」

「ありがとう、富雄」

この富雄という男子生徒は、黒森峰女学園が二回戦で破った福岡第一シャール高校の生徒だった。

シャール高校はクセの強いフランス戦車で一回戦こそ勝ったが、二回戦で黒森峰の圧倒的な火力の前に惨敗していた。

「俺はまほに出会えてほんとに感謝している。君のことを思うだけで心がすごく幸せになるんだ」

「富雄…」

「今でもあの時のことはわすれないよ。黒森峰とシャール高校の戦いの日。うちの高校は完膚無きまで打ちのめされて、俺も応援席でうなだれてた。こんなにも力の差があるのかと。なんて残酷なんだって思ったよ。でもさ。敵のフラッグ車から降りてきた凛々しい君の姿を見た瞬間、今までどん底だった俺の気持ちは天にも昇って爆発しちまいそうになった。その時はその不思議な気持ちが理解できなかったけど、翌日にはわかったさ。恋なんだって。一目で君のことを好きになっていた。それからは君の知っているとおりさ。西住流のように猛アタックだよ」

まほは頬を染めた。

「ふふ…あなたの積極さにはさすがの私も観念したわ。こんなに私のことを想ってくれる男の人がいるなんて考えもしなかったから。あなたと出会えたことには私も感謝している」

「本当に運命的なものを俺も感じたよ。この出会いと君を大事にしていきたいと思っていんるんだ」

富雄は軟派な感じはあるがとても情熱的な青年だった。

まほのことを恥ずかしげもなく面と向かって愛していると言う。

普通の恋愛経験の浅い男子高校生なら恥ずかしくてなかなか言えない。

でも、だからこそ今まで全く恋愛に見向きもしなかったまほが惹かれたのだろう。

幼いころから西住流を叩き込まれ、16年間女の心など持ったこともなかったまほだったが、富雄との出会いで異性への恋心というものが芽生えた。

そのあともコーヒーをおかわりして長々と二人の時間をまほは楽しんだ。


「遅くなったね。そろそろ出るかい?」

「ええそうしましょう」

二人は会計を済ませると、店の外に出た。

「明日は日曜日だけど戦車道の練習はあるのかい?」

「明日も練習はあるわ。でも私、ちょっと行かなければならない所があって。だから練習には参加しないのだけど、どちらにしても明日は会えないわ。ごめんなさい」

「謝ることはないさ。そういうことなら仕方ないね。わかった、じゃあまたお互いの時間が合うときにでも会おう」

「そうね。私からも連絡するわ」

「ああ」

そう言うと突然、富雄はまほを見つめた。

見つめられたまほは、恥ずかしさと嬉しさとが混ざった不思議な気持ちに心が覆われ、その場で固まってしまった。

「まほ…」

と言われた次の瞬間、富雄の手がまほの手を引いていた。

まほはバランスを崩し富雄の胸の中に顔を埋めることになった。

そしてそっとまほの体を富雄は抱きしめた。

「と、富雄!?な、何をする!!?」

いきなり富雄に抱かれたまほは激しく混乱した。

「だって俺たち中々会えないだろ?それともこうされるのは嫌かい?」

富雄は優しくまほの耳元で囁いた。

「嫌…とかじゃないけど、み、みんな観てるわ…」

「そんなの関係ないさ。まほが可愛い、まほを愛してる。俺の中にはそれしかないよ」

「富雄…」

まほは男の匂いを感じた。

鉄と油の匂いに囲まれて育ったまほにとっては初めての匂いだった。

まほの胸は幸せな気持ちでいっぱいになった。

こんなにも幸せな気持ちになれるなんて思ってもみなかった。

戦車道でも味わったことのない幸福感だ。

一時の後、富雄は優しくまほの体を離した。

「また会える日を楽しみにしているよ」

「うん…」

まほは身も心も完全に乙女になっていた。

普段のまほからは想像もできなかった。

「そろそろ帰ろうか。まほの家は門限が決まっていただろ?」

「そ、そうだった…あなたとの時間が楽しくてつい忘れていたわ」

「夜は危ないし、送るよ」

「それは大丈夫よ。呼べば家の車がむかえにくるから…」

「そうか、わかった。じゃあ今日はここで別れよう。じゃあまた」

「うん、また…」

そうして二人は別れた。

去っていく富雄の背中をまほはいつまでも見つめていた。




若い二人の恋愛劇を周囲は好奇の目で見ていたが、その中に明らかに違う種類の視線が混ざっていた。

舞い上がっていたまほはそのことに全く気付いていなかった。

自分を監視していたいくつもの視線に。


翌日。

まほは西住家に仕える使用人の運転する車で、ある場所へと向かっていた。

使用人は松下権三郎という老人だった。

権三郎は古くから西住家に仕えていて、まほのことは生まれた時から知っていた。

信号で停止したタイミングで権三郎はまほに話しかけてきた。

「お嬢様。昨晩は遅くにタクシーで帰ってこられたようですが、何故私を呼ばなかったのですか?」

まほは平然とした態度で答えた。

「戦車道のミーティングが長引いたんだ。あまり遅くに呼び出すと権三郎の体に障ると思ってな」

「そんなこと気になさらなくていいんですよ。私はお嬢様のお世話をすることが仕事なんですから。お母様が家に居なかったから良かったものを、もしいらっしゃったら私もお嬢様も大目玉をくらっていたところです」

「すまない。軽率な行動だったかもしれないな。以後は気を付ける」

「そうしてください」

車はまた走り出した。窓の外には田舎の風景が流れている。

権三郎は気づいていた。

まほの香水の匂いが変わっていたことに。

「お嬢様」

「どうした?」

「お嬢様が幼いころのことを思い出しましてね。幼いころのお嬢様は厳しい訓練の毎日でいつも泣いてらっしゃいました」

バックミラー越しに見える権三郎の目は少し遠い目をしていた。

「いきなり何の話だ」

権三郎は続けた。

「私は黙って端から見ていましたが、心の中ではいつもこう思っていました。幼いお嬢様に何故ここまで厳しい訓練をさせるのかと。私は泣いているお嬢様を見ていると胸が痛くて仕方がありませんでした」

「西住流とはそういうものだ。戦車道は厳しい訓練無しで勝つことはできない」

まほはそんなことは当たり前だと言わんばかりの顔をしていた。

「私はね。お嬢様。人よりも苦しい人生を歩んできたものには幸せになってもらいたいと思っているのです」

「…何が言いたい?」

「戦車道だけが人生ではありません。今を精一杯楽しんで欲しいのですよ。私はお嬢様のことをいつでも応援しています。だからお嬢様、私を信じてください」

まほは何となく権三郎の言いたいことを理解した。

「…わかった。権三郎にはまた改めて話をすることにするよ」

「ありがとうございます」

権三郎はどこか安心したような表情をしていた。


程なくして車は目的地に着いた。

周りは畑に囲まれていたが、その場所だけは桜の木で埋め尽されている。

「私は車で待っております」

権三郎の言葉に軽く返事をし、まほは車から降りた。

目の前に高いポールが立っていた。ポールに掲げられている日本国旗が悠々とはためいている。

入口には大きな記念碑があり、こう記されていた。

『軍神西住小次郎記念碑』

ここは第二次大戦中、八九式中戦車を操り数々の武勲を上げ『軍神』と呼ばれた西住小次郎のお墓だった。

西住小次郎はまほ達西住家の先祖で、その雄姿を称えて故郷熊本の益城郡甲佐町にお墓と銅像が建てられていた。

まほはここで、決勝戦前に先祖に祈りを捧げ、勝利への祈願をしにきたのだった。 

「…」 

もう一人、銅像の前に立っている人影があった。

まほにはそれが誰なのか一目でわかった。

「お姉ちゃん…」

「みほか」

その人物は黒森峰女学園戦車道部隊副隊長の西住みほだった。

みほは、まほの一つ下の妹だ。

まほとは違い戦車道に対して積極的ではないものの、戦車道のスキルは姉に匹敵するものを持っていた。

みほは黒森峰の部隊を離れ単独で極秘任務にあたっていた。

任務を終えたみほと落ち合うのもここでの目的のひとつだった。

「諜報活動の方はどうだ?」

「プラウダが決勝で使用する車両を含めて、すべての作戦内容はほぼ把握できたよ。報告書は明日提出する」

「そうか、頼む。最終作戦会議ではお前の持ち帰った情報が重要になってくるだろう。任務御苦労だった。明日からは部隊に戻ってくるのだろう?」

「うん。みんなの調子はどう?」

「いつもと変わらないさ。お前の代わりはエリカが務めているしな」

エリカの名前を聞いた瞬間みほの顔が曇った。

「エリカさん…か」

みほは左手で右腕をつかみ、まほから顔を少し逸らした。

「お姉ちゃん…戦車道って何?」

「…なんだと?」

突然の質問に対してまほは聞き返したが、みほは続けて話した。

「戦車は戦争の兵器、人を殺すために生まれてきた機械。過去の大戦でここで眠る御先祖様も含めて沢山の人達の命が散っていった。だけど今では武芸として戦車が使われている。これっていいことなの?」

すぐにまほは答えた。

「戦車道と人間倫理に関する問題は確かに以前から指摘されている。だが他の剣道などの武芸はどうだ?他の、今やスポーツとして盛んにおこなわれているものも、すべては命のやり取りをする戦いから生まれてきたものだ。だからみほの言うことは戦車道に限った話しではあるまい」 

「ううん。他の武芸と戦車道では決定的に違う部分がある。他の武芸は今現在、殺戮の為の技術としては衰退してしまっている。でも戦車道は違う。戦車は今なお技術の向上、革新が行われ兵器としての鋭利さはどんどん磨かれていっている。今すぐにでも殺戮の兵器になりえるんだよ。実際、戦車道と各国の軍隊、軍事会社は資金面、技術面で繋がっている。西住流が良い例だよ」

「…みほ」

「戦車道というオブラートに包まれた世界の裏で、何か黒いものが動いている。一介の女子高生には到底知りえない何かが」

みほはそう言うと黙った。

みほの言う通り戦車と軍事は深い関係で繋がっている。

逆に言えば、そうでなければ戦車道は成り立たない。

西住流は両者の懸け橋となり古くから戦車道に携わってきた。

そして第二次大戦終結から数十年。

世界は日本を含め、文化、経済共に頭打ちとなり、戦争に対するアレルギーも解消されつつある。

世界の誰しもが静かに耳を傾ければ、その足音は少なからず聞こえてくるはずだ。

この、言わば衰退期を迎えたとも言える世界で生きているまほも、みほも、混沌とした世の中に立ち込め始めた、一種の”雰囲気”を自然と感じ取っていたのだ。

みほの沈んだ様子を見ながらまほは、少し間おいてから口を開いた。

「みほ。仮に先の大戦のような戦争が起こったとしても、一介の女子高生にはどうにもできないことだ。私たちは西住流を受け継ぐ者として戦車道に励むことしかできない」 

「そう…だよね」

まほはふと表情を引き締めた。

「戦車道は戦争があったからこそ生まれた。逆に戦車道が戦争への発展に加担するかもしれない。だが、こうも考えることはできないか?今や武芸、スポーツとして広がっている戦車道。その戦車道にその身を費やす我々が、戦車を”兵器としての戦車”にすることを”抑制”することができると。戦車道を極め、広めることで戦争への道を断絶することができる。そう信じることはできないだろうか?」

みほの顔色が少なからず明るく変わった。

「…!お姉ちゃん…!」

それを見たまほもすこしだが表情が緩む。

「みほがあまり戦車道が好きではないことは知っている。だがもう少し戦車道を前向きに考えてもいいんじゃないか?私たちは今青春の真っただ中だ。一つのことに打ち込むということは必ず自分にとってプラスになるはずだ。我々が前向きに生きようとすることで世界だって変わるかもしれない」

みほは、まっすぐまほに向き直った。

「そうか、そうだね。私はプラウダへの潜入調査中ずっと考えてた。ここまでして戦車道ってやるものなのかなって。でもお姉ちゃんの言葉、それが正解なのかも」

「正解かはわからない。ただ自分と世界をより良い方向へ導こうとすることは間違いではない。我々は戦車道をしている。次の決勝で勝って10連覇を達成すれば見えない道も見えてくるかもしれない。私達と黒森峰の勝利の為に力を貸してくれるか、みほ?」

まほは穏やかな表情でみほを見つめた。

「うん、わかった!今日はお姉ちゃんと話せて良かった。私は後ろ向きに考えてしまう癖があるね。でもお姉ちゃんの前向きなところには何時も助けられてる気がする。ありがとう。とりあえず今は戦車道を頑張るよ!」

「私もお前の笑顔を見ると元気が出るんだ。ありがとう。共に優勝目指して頑張ろう!」

「うん!」

みほの返事を聞いたまほはロウソクに火を灯し、西住小次郎の銅像の前に立てた。

二人は、小さいながらも途切れることなく燃え盛るロウソクの火を見つめながら、自らの勝利と明るい未来を願った。

そしてお互いに姉妹の絆というものも確かに感じていたのだった。

 

 

 

 

 

 

                        第一章 灯火 完