ガールズ&パンツァー外伝 〜鉄血義勇軍〜

第三章 2


まほは繋がらない携帯電話を切った。

依然として連絡のつかない富男に対して苛立ちを隠せない。

とりあえずメッセージアプリで今日は会えないと送った。

車窓から外を見ると大きな屋敷が目の前に見えている。

権三郎の運転する車は屋敷の大きな正門から西住桜穂邸の敷地内へと入っていった。

玄関前で停車すると三人は車から降りた。

三人が玄関に近づくと戸が開いて使用人の女が出てきた。

「これはこれはお嬢様方。どうぞ中へお入り下さい」

三人は中に通されると中庭へ案内された。

するとそこには一人の初老の女性がいて、せっせと木の枝を剪定していた。

「お婆ちゃん」

みほが呼びかけるとその初老の女性はこちらを向いた。

「あらあらみほちゃんにまほちゃん、よくきたわねぇ」

西住姉妹の祖母である西住桜穂は優しい微笑みを浮かべながらみほ達を迎えた。

桜穂は今年で51歳。

高校生を孫に持つ身としては、実年齢も見た目もかなり若かった。

「あらあら権ちゃんまで。どうしたのこんな急に?」

桜穂は首にかかったタオルで額の汗を拭きながら言った。

「お婆ちゃんあのね、私お婆ちゃんに聞きたいことがあって来たの」

「聞きたいこと?うーん、今お婆ちゃん忙しいのよ。お庭をね、綺麗にしておかないと。すーぐ雑草や枝が伸びちゃってねぇ。あ、そうだちょうど良かったわ。みほちゃん達もね、手伝ってくれる?」

「え?そんなのお世話の人に頼めばいいじゃない…。そんなことより話を…」

「はいはい、話は後々。妙子さーん、新しい軍手を持ってきてくださいなー!」

妙子と呼ばれた先程の使用人はいそいそと軍手やタオルを持ってきた。

「はい、じゃあみほちゃんはそっちに退けてあるお花の鉢植えをこっちに並べて。まほちゃんはそっちの草を抜いてもらおうかしら。あ、権ちゃんは腰が悪いから縁側でお茶でも飲んでなさいな」

半ば強引な桜穂の対応に、なかなか話を切り出せない西住姉妹は庭の手入れを手伝わされることとなった。

二人はしょうがなく桜穂の指示に従ってせっせと庭を綺麗にしていった。

みほとまほは幼い頃から、家元である桜穂に対しては絶対に逆らわず従順に従うことを教えられていた。

特に母の西住しほからは教えに反することをすると厳しく叱られた。

だが当の桜穂はというと、その柔和な表情と物腰が表す通り、あまり硬いことにこだわりがなかった。

故にしほがいない時には、母親に代わって優しいお婆ちゃんに二人はよく甘えていた。

「お婆様、みほの話を聞いて頂けませんか?」

まほはいそいそと草をむしる桜穂に声をかけた。

「最近のみほは本当におかしい。あり得もしないことを信じて戦車道もおろそか。何やら権爺に吹き込まれたらしいのですが…」

「まほちゃん、手を動かして」

「お婆様、私は唯一の妹であるみほのことが心配でしかたがないのです。どうか耳をお貸し下さい…」

桜穂はまほの言葉を無視するかのようにひたすらに草をとっていた。

が、ふと手が止まった。

「…あなたの気持ちはね、お婆ちゃんね、痛いほどわかるのよ。みほちゃんのこともね。西住家の厳しい環境で育ってきたあなた達からしたら何を今更と思うかもしれないけど、お婆ちゃんだって本当はあなた達の苦しむ姿を見たくはないのよ」

「だったらみほの話を…」

「じゃあねあなたに一つ質問するわね」

桜穂はまほの言葉を遮った。

「…なんでしょうか」

「まほちゃんは今の日本に必要なものってなんだと思う?」

「今の…日本…にですか…?」

「そう、日本、及び日本人ね」

まほは予想もしない質問に困惑した。

「…私は生まれてからずっと西住家の人間として生きてきました。私にとって西住流がすべてであり生きている世界です。だから日本という国を意識したことはあまりありません…」

まほは正直に答えた。

「そう…残念ね。あなたはすでに一組織のトップに立つ存在だわ。もう少し、いやもっと視野を広げる必要があるはずよ。いい?私達は西住家の人間である以前に日本人なのよ。日本という国があって西住流が存在しているの。そうでしょう?」

まほは小さく返事した。

「日本を支えている社会システムや産業、技術は過去の人間の犠牲や努力の積み重ねによって成り立っているの。戦車もその内の一つ。そしてその積み重ねを歴史と言うわね。これからの未来を生きる私達日本人には歴史というものを冷静に見極めて反省し、それを糧にしていく必要があるわ」

「それは今までもちゃんとやってきたことではないですか?」

「間違ったやり方でね。太平洋戦争で大敗を喫した日本人は戦後、感情論で正義の価値観を決めてきたのだけど、それは大きな間違いだった。酷い戦争だったのだから仕方のないことではあるのだけどね。でもやっぱりもっと論理的になるべきだったのよ。感情ばかりが優先される中、本質というものはどんどん見失われていったわ。結果、自由主義や個人主義が横行、いや暴走し、愚民だらけの国と成り果ててしまった。そんな国が西洋の民主主義を掲げたところで衰退するのは目に見えているわね」

まほは桜穂が何を言いたいのかいまいち理解できず、ただ黙って話を聞いていた。

「戦後復興したのは経済だけよ。一番大事な日本人の心、誇りは日本人自身が無視してきたわ。戦勝国に飼い慣らされた劣等民族の成れの果てよ」

「劣等民族…なのですか?私達は。私は日本人とは優れた人種だと思ってます。近年スポーツや戦車道における日本人の活躍は素晴らしい。世界に誇れると思います」

「あのねぇまほちゃん。命のやりとりを無くしたところで、競うことをやめられないのが人間なのよ。そして未だ世界の中で見栄を張り続ける日本人…とても愚かしいことだわ。いい加減私達は鳥籠の中から這い出て大空へ飛び立たなければならないのよ」

日本人を侮辱するような言葉に、まほは少し嫌悪感を抱いた。

「あなたは将来、この西住家を背負って立つ存在よ。世界と日本の中で西住家がどうあるべきか、そして何をしようとしているのか。もっと勉強してよく考えなさい」

桜穂はそう言うと、立ち尽くすまほを尻目にまた草をむしりだした。

まほも少し考えたが、また草むしりを始めた。

一時すると妙子が縁側に出てきた。

「家元、そろそろお時間です」

妙子は沈みゆく眩しい夕陽の光を手のひらで遮ながら言った。

「あらあら。…まあこんなものでしょう。じゃあ妙子さん、食事を持ってきて頂戴」

「かしこまりました」

そう言うと妙子は他の数人の使用人と一緒にテーブルや椅子、そして高級感あふれる料理を庭に並べだした。

陽の光も大分弱くなっていたのだが、次の瞬間には庭に備え付けてあるライト群によって場は明るく照らされた。

「あなた達のお陰でお庭が綺麗になったわ。二人共お風呂に入って汗を流してきなさい。私も汚れちゃったから着替えてくるわ」

桜穂はまほとみほに声をかけた後、疲れたと言わんばかりにため息をついて屋敷の奥へと消えていった。

「さあ湯が沸いております」

現状がよく把握できていないみほとまほであったが、言われるがまま妙子に風呂場へと促された。

 

風呂で汗を流して着替えると、また庭へと案内された。

真夏であったが庭には涼しい夜風が吹き込んでいた。

用意された席を見ると桜穂と三人の客人がすでに席についていた。

客人は二人がよく見知った人物だった。

「二人共、席について」

桜穂の指示でまほとみほは客人達と同じ席についた。

「では晩餐会を始めようかしら」

桜穂がそう言うと皆、食事に手をつけだした。

「おお、これはうまい!さすが西住家の食事はいつもうまいですなあ」

黒森峰女学園理事長である大蔵重盛(おおくらしげもり)は出された料理を豪快に貪っていた。

「確かに美味しいですね」

理事長の隣に座っていた同じく黒森峰女学園の校長、高田善治(たかたよしはる)も賛同した。

「ですが今回のこの会はどういった用件でしょうか?西住家のご令嬢もお二人同席してますが」

高田校長は疑問を顔に浮かべていた。

「…西住姉妹…そういうことですか」

もう一人の客人は自衛隊二等陸佐で黒森峰戦車道部隊の顧問でもある藤村武三だった。

桜穂は持っていた漆塗りの箸を置いた。

「この二人にはたまたま家に遊びにきてたから同席してもらってるわ。二人共もう幼い子供ではないのでね」

桜穂はまほとみほの目を見つめた。

「あなた達には何も聞かせてないからね。何のことかわからないかもしれないけど、説明するわね」

まほとみほは桜穂をじっと見ている。

「今から半年ほど前になるけど、西住流に対して不穏な動きがあると情報が入ったわ。まあ爆破予告等のいたずらは日常茶飯事なんだけど、今回、とても見過ごせない極秘裏に計画されていた事実を私達は掴んだのね。その計画というのはね、西住家の要人を殺害する計画だったの」

「え…?なにそれ…?本当ことなの…?」

桜穂の話にまほもみほも驚きを隠せない。

その様子を見ていた高田校長も驚いた。

「なんと…とんでもない話ですねそれは。なんとも信じがたい。この話は理事長や藤村二佐も知っていたのですか?」

大蔵理事長は高田校長に問われると口に運ぶ箸を止めた。

だがそのまま微動だにせず、黙ったままだ。

藤村二佐も同じく何も言葉を発さなかった。

仕方がなく高田校長は桜穂に問いかけた。

「その話が本当だとして西住家の誰が狙われたんです?」

「狙われたのは…ここに座っている二人、西住まほと西住みほよ」

「え…?」

思わずみほとまほは声を出した。

「ご令嬢をですか…。我が戦車道部隊の隊長と副隊長を狙ったということは黒森峰女学園へのテロ行為ということですか?」

「いいえ高田校長。さっきも言った通り、計画が判明したのは半年前。5月の部隊再編前のことだからその可能性は低いわ。西住家の後継ぎを亡き者にして西住流の断絶を狙った可能性が高いでしょうね」

「大それたことを…そのような計画、組織的な犯行でなければ無理でしょう」

高田校長は腕を組んでため息をついた。

「…そして、その犯人は捕まったのですか?」

「首謀者レベルの者はまだよ。ただこちらも色々と手を打っているのでね。計画そのものは発覚したあとすぐに内容を把握したわ。その上でこちらから対策を打った。最初の標的である西住みほはプラウダ高校の偵察先である網走の廃墟で殺されることになっていた。そこで急遽偵察の日程をずらして、もともとの予定日には別の生徒を送りこみ相手を欺いたわ…」

「お婆ちゃんっ!!!」

椅子を吹き飛ばすように倒しながらみほは席を立ち、桜穂に激しく詰め寄った。

「やっぱりお婆ちゃんが真由さんを殺したのね!!酷い!酷いよ!お婆ちゃんは何時だって私達の前では優しいけど、裏では残酷な事を平気でやってのけるんだ!」

「みほ!やめないか!」

まほはすぐに立ち上がって桜穂からみほを引き剥がし強い平手打ちをみほの頬に打ちつけた。

みほは勢いよくその場に倒れこんだが、頬を押さえながらすぐに上体を起こしてまほを睨んだ。

涙で滲むみほの目。

それを見たまほは、はっとなって我に返った。

「あ、すまん大丈夫か…?」

まほは手を差しのべた。

しかしみほはその手を平手で打ち返すと、すっと立ちあがって庭から走り去っていった。

まほは絶句して追いかけることができなかった。

屋敷から権三郎が出てきて、桜穂と目を合わせるとみほの方を追いかけていった。

「まほちゃん席につきなさい」

立ち尽くすまほに桜穂は声をかけた。

「まほちゃん」

「は、はい…」

まほは言われるがままに肩を落としながら椅子に座った。

「これはどういうことなのでしょう…?」

現状をまだ理解できていない高田校長は周りの人間を見回した。

「高田校長。大暮真由は西住みほの代わりになって死んだのです」

今まで黙っていた藤村二佐が口を開いた。

「大暮真由…?この前転校していった生徒ですよね?大暮さんがさっきの話であったように、みほさんの代わりに偵察に出たってことですか?」

「そう、そして偵察先で西住みほの代わりに殺害された。転校を装ったのはあとあと大暮の死を揉み消しやすくする為のフェイクですよ。そして偵察は極秘に行う為、西住みほも大暮真由も偵察任務のことは周囲に一切言っていない。二人は一緒に北海道へ向かったのだが、二人のいない学校では西住は偵察任務へ、大暮は転校したと伝えられた。偵察先で大暮が任務に失敗したと聞いた西住は大暮の姿が見えないことに疑問を抱きながらもとりあえず偵察任務を成功させる為に大暮が殺害された翌日にプラウダの学園艦へ忍びこんだ。そして帰ってきたら大暮は死んだと聞かされ激昂した。そういう流れですかな?家元?」

「その通りよ、藤村二等陸佐」

高田校長の顔は青ざめていた。

「そんなの許されるはずがない…あなた達はなんてことをしでかしているんだ!?」

高田校長にも黒森峰に通うみほ達と同じ歳の娘がいた。16歳の未成年の子を身代わりに殺すなどとても正気の沙汰ではなく許されないことだった。

「理事長!なんとか言って下さい!あなたもこのことは知っていたんですか!?」

問い詰められた大蔵理事長は下を向いたまま言葉を発した。

「さすがにわしも知らされていたよ。だが西住流の意向には逆らえないのでね。人道的には許されないことは分かっているが、西住家の人間が狙われた以上はどうにか対処せねばなるまい」

「大蔵理事長…あなたはそこまで腐った人間でしたか…」

高田校長は信じられないといった表情をすると席を立った。

「私もこれで帰らせて頂きます。そして明日黒森峰女学園の校長も辞任させて頂きます」

「高田校長、あなたまだ西住流のことを理解していないようね…。あなたの大切な一人娘、どうなってもよろしいかしら?」

先ほどまでの優しい表情からは想像もできないほどの桜穂の鋭い眼光が高田校長を捕らえていた。

「娘に手を出したらただじゃおきませんよ…」

高田校長の体は怒りと恐怖で震えだした。

「それともうひとつ」

そう言うと桜穂は自分が使っていた漆塗りの箸を逆手に持った。

すると突然その手を振り上げ、隣でテーブルに手をついて座っていた大蔵理事長のその手の甲に勢いよく突き刺した。

「がああああああああああっ!!!」

大蔵理事長は突然の激痛に叫び散らした。

漆塗りの箸は木製ではなく、メッキを施した硬い金属で手の下のテーブルごと貫いていた。

まほと高田校長は目を見開いてその光景をまのあたりにした。

「妙子さん」

「はい」

妙子は屋敷の奥から縁側に60インチほどのモニターを出してきた。

そしてそこには血だらけの男が映っていた。

「と、富男!?」

モニターに映し出されていたのは間違いなく変わり果てた富男の姿だった。

「お婆様!これはどういうことですか!?」

まほは必死に桜穂に問いただした。

「黙って映像を見なさい」

桜穂のこんなにも冷徹な表情は今までに見たことがなかった。

『もう一度聞く!お前はまほお嬢様に近づき何をしようとしていた!?』

モニターから聞こえてきた荒々しい声に、まほも周りの人間も反応して映像に釘付けになった。

『…西住の娘の行動や周囲の環境を逐一報告していたんだよ…』

『報告していた!?誰にだ!お前の雇い主にか!?』

『そうだよ…』

『雇い主とは誰だ!』

『…』

『もう一度聞く!雇い主とは誰だ!?』

『…てめぇらを利用して甘い汁を吸っている黒森峰女学園の理事長、大蔵重盛だよ!』

モニターの映像はそこで止まった。

「この薄汚い豚が…」

西住桜穂は席を立つと大蔵理事長を見下ろした。

「わしは知らない!あんなやつ初めて見た!わしは無実だ!」

桜穂は手の甲に突き刺さった箸を握ると容赦なく掻き乱した。

「ぐわああああああっ!!!」

大蔵理事長はあまりの激痛に絶叫した。

そして桜穂はそのまま鉄の箸を勢いよく抜いた。

「連れていけ!」

桜穂の指示で屋敷から男が三人出てくると、痛みにうずくまる大蔵理事長を無理やり起こし屋敷の中へと連れ去った。

「藤村二佐、事後処理は任せたわ」

「…了解」

藤村二佐はそういうと席を立ち、その場を去った。

「高田校長、あなたは明日付けで理事長に就任。学園の経営、西住流との橋渡し役をしなさい。いいわね?反論は許しませんよ」

高田校長は立ち尽くのみで、言葉を発しなかった。

「お婆様…これは何かの間違いなんです…富男がそんな…」

まほは頭の中が真っ白になっていた。

「富男というのは偽名よ。シャール高校の生徒というのも真っ赤な嘘で、本当の名前は冷泉冬麻(れいぜいとうま)。大蔵重盛のもとでスパイ活動をしていたようね。あなたはまんまと騙されたのよ。まああなた達の殺害計画が発覚した頃に現れて、あなたに近づいてきたからね。こっちも監視させてもらっていたわ」

「そんな…そんなの嘘です…」

まほは目を見開いたまま夜空を仰いでいる。

「あなた達姉妹はこれから厳しくしつける必要があるわね。あまりにも子供過ぎる。これでは西住家など到底継がせられない。しほは本当に甘やかして育ててしまったようね」

桜穂はふうとため息をついた。

「妙子さーん、片付けて!」

「かしこまりました」

妙子と数人の使用人が散らかった庭を片付け始めた。

するとそれ以上桜穂は何も言うことはなく、屋敷の中に消えていった。