ガールズ&パンツァー外伝 〜鉄血義勇軍〜

第二章 エピローグ


スマートフォンのアラーム音が、暗い部屋の中に鳴り響いていた。 

「んん…うるさいなあ…」 

大暮真由は無理やりアラーム音に起こされ、ぼんやりしながらも目を覚ました。 

ポケットからスマートフォンを取り出し、時刻を確認した。 

8月9日の午前2時05分。 

「時間か…」 

アラーム音を停止させると、体を起こして寝袋のファスナーを下ろし、プラウダ高校の制服に身を包んだ。 

ここは北海道網走市にある病院の一室だ。 

小高い丘の上に建っている廃墟の病院である。

人の出入りは全く無く、完全に放棄されていた。 

真由はリュックの中から双眼鏡を取り出して部屋の窓を少しだけ開けた。 

部屋に風が吹き込んでくる。 

「肌寒いな…」 

季節は夏だったが、今夜の網走は少し寒かった。

真由は開いた窓から顔を出して双眼鏡を覗き込んだ。 

窓の外は真っ暗で静まりかえっていたが、病室から見える港は明かりに照らされていた。

巨大な学園艦が網走港に停泊していた。

その学園艦はプラウダ高校のキエフ級空母であった。

真由は学園艦を確認すると再びスマートフォンを取り出した。 

連絡帳を開き、その中にある『西住みほ』に電話をかける。 

「もしもし」 

みほが電話に出た。 

「もしもし、みほ?これより作戦を開始するよ」 

「真由さん、十分に気をつけてね。少しでも危険だと思ったら引き返していいから」 

「大丈夫だよ。一週間後の決勝戦に勝つためにはこの作戦の成功が必要不可欠だからね。必ず敵の情報を持ち帰ってみせるよ」 

「そうね…でも無茶はしないで。作戦内容は大丈夫?」 

「うん大丈夫。もう頭の中で何回もシミュレーションしてるから」 

大暮真由は、黒森峰戦車部隊副隊長である西住みほ率いる『212』部隊の通信手だ。 

加えて部隊の諜報活動の任務も兼任している。 

今回は決勝戦の相手プラウダ高校の情報を得るために、学園艦への潜入作戦の任務を受けていた。 

作戦目的は、艦内のネットワークサーバーにアクセスできる端末から決勝戦の情報を得ること。 

ネットワークサーバーにアクセスできるチャンスはシステムプログラムの更新が行われる午前3時43分から午前4時までの17分間。

更新中は端末のセキュリティが低下することが判明している。

時間内にネットワークサーバーのファイアーウォールを突破して、情報をダウンロードしなければならない。 

「真由さんは私達の部隊のムードメーカーだし、あなたが居なくなって部隊も寂しくなってる。作戦を成功させて無事に帰ってきてね」 

「了解。相変わらずみほは大袈裟だなあ。でも嬉しいな。…じゃあこれで」 

電話を切るとスマートフォンを病室のベッドの下に隠した。 

真由はリュックとバールを持って病室を出た。

階段を降りて行き、地下の駐車場へと向かう。 

駐車場の奥に進むと、コンクリートの地面にマンホールがあった。 

真由はジャケットの内ポケットから地図を取り出して見た。 

「ここで間違いないね」 

その地図はここの下水道から目的地までの経路図だった。 

経路図を見ると、ここのマンホールから下水道を通って港付近の海岸沿いにある排水口へ出れるようになっていた。 

ここの下水道を通っていけば、最短距離で港へ行くことができる。

「ぬぐぐぐ!」 

真由は持参したバールでマンホールの蓋を開けた。 

下水の臭いがたちこめる。 

「うげ…ここを通っていくんだ…」 

真由はその悪臭に顔を歪がませたが、任務なので仕方がないと諦めた。 

マンホールの中を懐中電灯で照らし下水道へ降りた。 

「よし、行こう」 

真由は通路図を確認し、強烈な悪臭を我慢しながら下水道を歩いていった。 

下水道内は迷路のように複雑になっていた。 

いくつもの分かれ道があり、経路図がなければ絶対に迷ってしまうだろう。 

午前2時25分。

下水道を抜けて海岸にたどり着いた。

真由は海に浮かぶ学園艦を見た。

暗闇だったが、圧倒的な存在感を感じた。

「急がなきゃ」

真由は急いで港へと向かった。

港では学園艦の門番が立っていて、生徒IDを見せなければならなかった。

真由は偽造のIDカードを見せると、難なくOKをもらい学園艦の中に侵入した。

胸ポケットから学園艦内の地図を取り出した。

目的の端末があるサーバー室への経路図だ。

経路図によるとトイレの換気口から通気ダクトに侵入し、通気ダクトを通ってサーバー室に向かうようになっていた。

真由は経路図に指定されたトイレに入り、人が来ないのを見計らって便器に足をかけ換気口を開けた。

換気口を開けると、よじ登ってなんとかダクト内に入った。

ダクト内はとても狭く、真由は這うように進まなければならなかった。

真由は腕時計を見た。

午前2時40分。

予定の時間まであと一時間しかない。

「これ間に合うかなぁ…」

真由は心配しながら目的地へ向かった。

急ぎながら経路図を辿って行くと、サーバー室の換気口にたどり着くことができた。

換気口はサーバー室の天井にあった。

床面と天井は2mも無い。

真由は換気口の蓋を蹴り開けると、サーバー室の中に飛び降りた。

時間はすでに3時45分を回っている。

あと15分しかない。

真由は急いでUSBメモリを取り出すと、サーバー用PCのUSBポートに挿した。

ここのサーバー用PCにはIntel製の第7世代CPUが搭載されている。

Intel製第7世代CPU、コードネームKaby Lakeには欠陥的な脆弱性が存在していた。

USB3.0経由でシステムのフルコントロールを奪えるデバッグの仕組みが判明していたのである。

これを利用してセキュリティツールの検知機能を掻い潜る作戦だ。

真由はPCに接続してあるモニターを見た。

USBメモリに入っているウイルスプログラムがインストールされ始めていた。

インストール状況を示すウインドウバーが表示されていて、後1分程でインストールが終わりそうだった。

「早く早く…」

時間は刻々と迫っていた。

その時だ。

ふいに扉が開く音が響いた。

真由はしまったと思い、音の方を見た。

「どっちを見ているの?」

女の声が聞こえると同時に後頭部に冷たいものを感じた。

真由は銃を突きつけられていることを直感し、両手を上げた。

「だ、誰なの!?」

「誰ってあなたこそ誰なのですか。プラウダの制服を着ている様ですが…」

銃を突きつけている女は真由が操作していたPCのモニターと本体に挿してあるUSBメモリを見た。

「今すぐそのメモリを外しなさい!!早く!!」

女は銃を更に強く真由の頭に押し付けた。

「くっ…」

真由は仕方なくUSBメモリを外した。

ウイルスのインストールは中断された。

「あなたスパイですね…おそらく黒森峰の。カチューシャに仇なすものは私が許しません。覚悟しなさい」

女はそう言うと無線で応援を呼んだ。

ほどなくして警備員が駆けつけ、真由は連行された。

所持品をすべて取り上げられ、そのまま独房に監禁された。

「しくじった…」

作戦は失敗だ。

しかもプラウダに捕まってしまった。

これからどうなるんだろう?

真由は溜め息をつき、暗闇の中でうなだれた。

「みほに会わせる顔が無いなぁ…」

そう言っていると、カチャっという音が聞こえた。

「何の音?」

真由はまさかと思い、暗闇の中、手探りで扉の取っ手を探した。

取っ手を探し当てると、ゆっくりと扉を押してみた。

扉はゆっくりと開いた。

誰かが独房の鍵を開けたようだ。

恐る恐る真由は開いた扉の隙間から独房の外を覗いた。

だが、外の通路には誰もいなかった。

足元に紙が落ちていた。

拾って見てみると、どうやら学園艦からの脱出ルートが書いてあるらしかった。

「ど、どゆこと…?」

状況がよくわからなかったが、とりあえず逃げることにした。

もしかしたら秘密の協力者がいたのかもしれない。

真由は紙に書いてある脱出ルートを頼りに走り出した。

30分程行くと左舷の甲板に出た。

辺りには誰もいない。

空は青くなってきており、夜が明け始めていた。

紙に書いてある脱出ルートはここまでのようだ。

「ここまでしか書いてないのか…どうしよう。所持品は全部没収されちゃったし」

真由は再び逃げ場を失った。

甲板の上から海を見下ろしてみた。

とても飛び込める高さではない。

「うん?あれは…?」

よく見ると、船体横の海面に小さな手漕ぎのボートが浮かんでいるのが見えた。

甲板の手すりとロープで繋がっていた。

「もしかしてあれで脱出しろってこと?」

考えてる暇は無かった。

真由は迷うことなくロープを伝って降り始めた。

腕への負担が凄まじく、途中で力尽きそうになったが必死にしがみついてボートまで降りた。

「はぁ…はぁ…落ちるかと思った…」

ボートにはナタが置いてあり、それでロープを切った。

腕の疲労は限界だったが、真由はボートを漕ぎ出した。

海岸までは100m程だったので行けない距離ではなかった。

「はぁ…はぁ…つ、着いた…」

真由は無事海岸までたどり着いた。

手は疲労で痙攣し、体力も限界だ。

「も、もう動けない…ちょっと休もうかな…」

ボートから降りるとその場に寝転んだ。

目蓋が自然と重くなってきて、目をつむった。

波打ち際の音が聞こえてくる。

真由は黒森峰に入ってからのことを思い出した。

みほ達と出会ってから、真由自身すごく成長したと感じていた。

4ヶ月にも満たない月日だったが、つらいことも、楽しいこともたくさんあって濃密な時を過ごせた。

みほや戦車道の仲間達の顔が頭に浮かぶ。

真由は再びまぶたを開いた。

「みほに連絡しなきゃ…」

廃墟の病院に戻る為、真由は重い体を起こして立ち上がった。

そして来るときに通ってきた下水道へと向かった。

内ポケットを探ると、ちっさなペンライトが奪われずに残っていた。

下水道の入口である排水溝の前まで来ると、ペンライトを点けた。

疲労困憊だったが体にムチを打って下水道内を歩いていった。

しかし下水道の経路図はプラウダの学園艦で没収されており、道がまったくわからない。

いくつも道が分岐していて真由はあっという間に道に迷ってしまった。

「ダメだ、どっちに行っていいのかわかんない」

疲れが限界に来て足を止めた。

その時だった。

突然下水道内に大きな銃声が鳴り響いた。

「ああああああああああっ!!!!!!」

真由の悲鳴がこだました。

銃弾が右大腿部を貫いていた。

「ああ!!あがっ!痛いいぃ!!」

真由は泣き叫びながら崩れ伏した。

今まで感じたこともない程の痛みが真由を襲った。

「あ、ああ…!あっ、くっ…!」

痛みで意識を失いそうになったが、必死にこらえた。

ゆっくりとした足音がこちらに近づいて来る。

真由の身体がライトに照らされた。

「や、やめて…お願い…」

懇願する真由だったが、照らされた光の中で銃口が向けられるのが見えた。

銃創から伝わる激痛は否応なしに死への恐怖を感じさせ、悲しみや怒りや憎しみといった負の感情だけが真由のこころを支配した。

死にたくない。

こころの底からそう思った。

「殺さないで…」

消え行く様な、か細い声で命乞いをした。

だが真由の必死の訴えも虚しく、引き金は無情にも引かれた。

銃声と共に鮮血と脳髄がその場に飛び散り、真由の命の灯火は消え去った。

 

三日後。 

みほの元に大暮真由死亡の知らせが届いた。

 

 

 

 

 

                                                                                 第二章 遠吠え 完