「貴様らは戦車道をなめているのか!」
藤村二佐は撃破されたチームに対して怒りを顕にしていた。
「貴様ら全員グラウンド30週走ってこい!そして明日の朝練までに敗因と対策を考えて発表しろ!いいな!」
罰を言い渡された生徒たちは重たい足取りでグランドの方へと向かっていった。
藤村二佐は残った十三部隊の3人を見渡した。
「ふん、調子に乗るなよ。この程度の実力じゃあレギュラーなどにはなれんぞ」
3人は一言も発さずに藤村二佐を見ていた。
「まあいい。今日はこれで終わりだ。この後は整備班の手伝いをしろ」
指示された真由達は夕暮れの中、格納庫へと向かった。
「あの子たち、やりますわね」
藤村二佐の横にいた蝶野一尉が笑みを浮かべていた。
「さすがは西住流といったところか。持っているスキルは半端なものではない。姉と共に今後の黒森峰を背負って立つことになるだろう」
「西住姉妹はエリート集団である黒森峰の中でも特別な存在ですからね。それと逸見エリカも頭角を現してきています。彼女も西住姉妹に負けない実力の持ち主です」
「中学時代にはあまり活躍してはいなかったようだがな。逸見に関しては全くの未知数だよ。あの姉妹にも匹敵する才能を持っているのかもしれない」
「そうですね。彼女にも今後の期待が高まります。それと、大暮真由…凡庸ながらも何とかあの二人についていってますね」
「大暮に関しては、まあ運が良かったと言う他無い。君の言う通り大暮自身には特に目を見張るようなところは無い。偶然にもあの二人の部隊に配属されていなければ、他の一年生同様、過酷なだけの毎日を過ごしていたはずだろう」
「そうですね。ただ彼女にも良い所があります」
「良い所?」
「はい。彼女は仲裁役というか…。西住と逸見は仲があまり良くないようで度々衝突しているのを見かけます。その二人の間を大暮が取り繕って何とかバランスが取れているようです」
「そうか。確かに西住と逸見はお互いに相いれないようだからな。大暮の明るさが十三部隊の実力を保たせているわけか」
「戦車道はチームプレーが肝心ですし、 単純な実力だけでは上手くいかない部分もありますから」
「君は大暮も高く評価しているということか」
「ええ。彼女の明るい内面は戦車道以外でも役に立つでしょう」
「そうだな」
藤村二佐の言葉の後、二人の間に少し沈黙が続いた。
「今年度の人事の件ですが…」
少し声の調子を落とした蝶野一尉が口を開いた。
「なんだ?」
「私としてはあまり納得できないのですが…」
「君が納得しようがしまいが、人事に関してはもう決定事項だ。この新人教育が終われば部隊の再編成が行われる」
「隊内から不満が出そうですが?」
「それも折り込み済みだ。多少の不協和音も生ずるだろうが、そこは同じ女である君になんとかしてもらいたい」
そう言うと藤村二佐は蝶野一尉の腰に手を回し、引き寄せながら唇を重ねた。
数秒してから嫌がるように蝶野一尉は藤村二佐の腕を振りほどいた。
「やめて下さい。ここは校内ですよ」
恥ずかしがることもなく蝶野一尉は冷静な目で藤村二佐を見た。
「…まあとにかく十三部隊の三人には辛く険しい道が待っているだろう。だが黒森峰の勝利の為に尽くしてもらうしかない」
藤村二佐は煙草を取り出すと口にくわえた。
「二佐、校内です」
蝶野一尉の注意で藤村二佐はすっと煙草を戻した。
煙草を戻すと人差し指で眼鏡の位置を少し上げた。
「君が裏でこそこそと動き回っているのは知っている。あまり足を踏み入れると痛い目をみるぞ」
藤村二佐の言葉に蝶野一尉は黙った。
「部隊再編成までは余計なことはせず、生徒達のフォローに専念しろ。それが君のここでの仕事のすべてだ」
蝶野一尉は黙ったままだったが少し間をあけてから、わかりました、と返事をした。
「なんであんなこと言うかな~」
整備班の手伝いの後、帰りの道で真由はエリカに対してちょっと怒っていた。
「あんなことって何よ」
「とぼけないでよ~。堂前班長に失礼でしょ。照準器の精度が悪いのは整備が悪いからだなんて言っちゃあ」
三年生の堂前稲美は整備班の班長である。
「そうだよ。入ったばかりの新人の私たちが言えることじゃないよ。堂前班長、明らかに怒ってた」
みほも真由の言葉に賛同した。
エリカはキッとみほを睨んだ。
「照準器がちゃんと整備されてなければこんな下手くその大暮の腕じゃあ的に当たらないじゃない!」
エリカは声を大にして言った。
「え…下手くそって…そんなはっきり言わなくても…」
真由は少し落ち込んだ。
「ちょっと待って、今のはひどいよ!今日だって真由さんちゃんと相手を撃破してたじゃない!真由さんに謝って!」
みほの声も大きくなってきた。
「なんで私が謝らなければいけないのよ?私は勝つためにはどうすればいいかを考えて言っているだけよ。私が車長なんだからあなた達はただ従っていればいいのよ」
「あなたって人は…本当に言葉を慎むってことを知らないんだね。そんなんじゃ周りの反感を買うだけだよ」
「なんですって…?」
みほとエリカの感情は段々とヒートアップしてきた。
「ちょっとストップ、すとーっぷ!ごめんごめん!私が変なこと掘り返したから…もうこの話は終わり!」
真由はこのままじゃまずいと思い、二人の間に割って入った。
エリカは人の話をまったく聞かない子だった。
そしてみほも普段は弱々しいのに何故かエリカに対してだけは譲らなかった。
「勝手に終わらせないでよ!この西住流の甘ちゃんには前々から言いたいことがたくさんあるんだから!」
エリカの怒りは収まりそうもない。
「甘ちゃん?わたしが!?」
みほの頭から、ぶちっという音が聞こえた気がした。
「あっ!!みほ!校門に停まってるの、あれみほんちの車じゃない!?」
二人の言い合いを遮るかのように真由は慌てて少し離れた距離にある校門を指さした。
二人が真由の指さした方を見やると、確かに黒い高級そうな車が停まっていた。
そして後部席のドアが開いて人が出てきた。
「お姉ちゃん…」
車から出てきたのは黒森峰のエース、西住まほだった。
「あ、やっぱりみほんちの車だったね!早く帰った方がいいよ!」
「うん、そうだね。…じゃあ私帰るね」
みほは真由に向かってそう言うと、エリカを一瞥して校門の方に歩いていった。
そして姉妹は仲睦まじげに車に入った。
残った真由とエリカはその様子を見ていた。
「西住先輩…」
さっきまで声を荒げていたエリカだったが、うってかわって羨ましそうな顔をしていた。
「エリカ、どうしたの?」
「え?…な、なんでもないわよ!」
そう言ってエリカは校内にある寮へ向かってさっさと歩き出した。
「あ、待ってよ~」
真由も後を追いかけるように寮へと向かった。
真由とエリカは黒森峰女学園の寮で生活していた。
寮生活をしている生徒には各個人ごとに部屋を与えられている。
これは珍しいことで、あまりお金のない学校では普通数人の相部屋が当たり前だ。
みほも当然真由達と同じく寮に住んでいたが、黒森峰の学園艦は現在地元である熊本に帰港していたので、みほは度々西住家に帰っていた。
真由はちょくちょくみほの部屋に遊びに行っていたので、西住家に帰ってしまった今日は少し残念な気分だった。
夕飯を済ませて寝る支度を終えた頃、真由の部屋をノックする音が聞こえてきた。
ドアを開けるとそこには蝶野一尉が立っていた。
「ごめんなさい大暮さん、こんな夜遅くに。ちょっとお時間いいかしら?」
「え、あ、はい。いいですよ。どうぞ中に入ってください」
「失礼するわね」
真由は快く蝶野一尉を部屋に通した。
「お茶入れますね」
「あ、いいのよいいのよ。お構い無く。ちょっと近況をね、聞きにきたのよ」
「はあ、そうですか」
二人は部屋のまん中にあるちゃぶ台を挟んで向かい合って座った。
「入学してもうすぐ2週間ね。学校生活には慣れたかしら?」
「ええ。友達もたくさん出来ましたし、戦車道が大好きですから勉強や訓練もすごく楽しいです。まあ藤村二佐は少し厳しいですけど」
「そう、それは良かったわ」
蝶野一尉は笑いながら言った。
「じゃあ学校生活は問題ないのね。西住さんと逸見さんとはどう?」
「そうですね…みほ、西住さんは個人的にすごく憧れていた人だったんで、とっても仲良くさせてもらってます。まあ逸見さんの方は…私的には問題は無いんですけど、西住さんとあまり馬が合わなくて。二人共戦車の扱いは凄いんですけど、一旦戦車から降りるとケンカばかりなんですよ。犬猿の仲ってやつですかね。ははは…」
「やっぱりそうなの。端から見ていてもそれはよく分かるわ。あなたは板挟みになって大変ね」
「いえいえ」
「でもあなた達自身もわかってると思うけど、一年生の中で一番優秀なのはあなた達十三部隊よ。まだ教育訓練の途中でこんなこと言うのはよくないとは思うけど、突出しているわ、あなた達の実力は」
「は、はあ、ありがとうございます。まあ私はなんとか二人についていってるだけですけど」
「いいえ、あなたも必要不可欠よ。あの二人をまとめるのは大変だと思うけどよろしくお願いね。間違いなくあなた達はレギュラー候補筆頭なのだから」
「わかりました。だけど黒森峰に入ってそんなに褒められるのは初めてですよ。なんだか恥ずかしいです」
「恥ずかしがらなくていいのよ。自信を持って」
そう言うと蝶野一尉は真由の肩を軽く叩いた。
「じゃあ長くなると悪いし、そろそろおいとまするわね」
蝶野一尉は片膝をつきながらゆっくりと立ち上がった。
「あ、はい。お気をつけて。ありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそありがとうね」
蝶野一尉は部屋のドアを開けた。
するとふと思い出したかのように振り向いた。
「一つ言い忘れていたわ」
蝶野一尉の目はとても真剣だった。
「西住流には気をつけて。あなたは、あなたの大好きな戦車道にのみ集中すること。それ以外に決して耳をかしてはいけないわ」
「え、はい?」
「それじゃあ」
捨て去るようにそう言うと、蝶野一尉はバタンとドアを閉めた。
真由はドアの前で立ち尽くした。
「どういうこと?」
真由にはまったく蝶野一尉の言葉の意味がわからなかった。
その場で少し考えたが、やっぱりなんのことやらさっぱりわからなかった。
「まあいいや」
また会った時にでも聞けばいいかと思った真由は、もう心底眠かったのでその後すぐベッドに入った。
厳しい教育訓練の日々は続いていたが、一年生達はへこたれることなく、訓練課程をこなしていった。
そんな中で真由の頑張りもあってか、十三部隊はその抜き出た実力を隊内外に見せつけていた。
十三部隊の話は当然のごとく上級生にも伝わっていた。
毎年新人教育が終わったあとに発表される黒森峰全部隊の新人事。
普通は三年生を中心とした部隊が結成されるのだが、去年に続き、今年も新人がレギュラーに食い込んでくるのではないかという噂が流れていた。
なので二、三年生のレギュラーである者、レギュラーを目指す者達は些かの危機感を募らせていた。
「あと3日で新人教育も終わりだね」
その日の練習を終えた真由は、ルクスの履帯に詰まった泥をブラシで落としていた。
「うん、やっとって感じかな。かなりきつかったけど結局誰も根をげなかったね。絶対脱落者が出ると思ってたのに」
みほはそう言いながらルクスの砲身に水をかけた。
ジュっと音がして焼けた砲身から蒸気が上がった。
「自分が言うのも何だけど、みんな我慢強いよね~。やっぱりみんな私と同じで戦車道が好きなんだね!」
「う…ん、そうなのかな」
「みほは戦車道好きじゃないの?」
「ううん、そんなことないよ。あ、そういえば最初に藤村二佐に殴られて出ていった子いたよね?あの子結局転校したらしいね」
「え、そうなの?どうりで顔を見ないわけだ。そっかぁ…なんか思わせ振りなこと言ってたけど、結局辞めちゃったんだね」
二人の間にしんみりとした5月初旬の生暖かい風が吹き抜けた。
「相変わらず甘ちゃんね、あんた達」
車体の中から声が聞こえた。
真由は砲搭横のハッチを開けて中を覗いた。
中ではエリカが車内の清掃を行っていた。
「なーにが甘ちゃんなのよ~激辛エリカちゃん」
真由はエリカをひにくって呼んだ。
「あの時、藤村二佐はクビって言ってたじゃない。つまりはそういうことよ」
「退学ってこと?」
「そんな生易しいものではないわ。退学どころか今後戦車道には復帰できないように協会のブラックリストに登録されたそうよ。佐官クラスの自衛官にたてついたのよ、当然だわ。祖父が県議員って言ってたけど、確かそれもクビになっているはずよ」
「え~その話本当なの!?本当ならめっちゃ酷くない?ていうかなんでそんなこと知ってんの?」
「そんなのちょっと調べればわかることじゃない」
「え~そんなの調べないよ~」
真由は口を尖らせた。
「というかあなたも知ってたんじゃないの?西住みほ」
エリカがそう問うと、真由はえ?と言いながらみほを見た。
みほは真由の視線から目を背けた。
「いや、私も全然知らない。そんなことになってたんだ」
みほは少し気の抜けたような声で言った。
「やっぱり甘ちゃんのようね」
「あ~また言った~!その口私が縫ってやるう!」
真由はハッチから身を乗り出してエリカの髪を掴もうとした。
「あ、こら!やめなさい!」
エリカは必死に抵抗している。
みほはその様子をじっとみつめていた。
「西住さん!」
ふとみほを呼ぶ声が聞こえた。
みほと真由は声の方を見た。
そこには同じ一年生部隊の子が立っていた。
「どうしたの?」
「一年生はこれからすぐに倉庫に集まるようにって。なんか藤村二佐から話があるみたい」
「あ、そうなんだ。わかった、ありがとう!」
「うん、じゃあまた後でね!」
その生徒は去っていった。
「なんだろう?」
「さあ?」
真由とみほは顔を見合わせた。
倉庫に一年生全員が集まった。
みんな気をつけの姿勢を保ちつつ、綺麗に整列していた。
程無くして藤村二佐が現れた。
「諸君らが励んできた教育訓練もあと3日で終了する。間違いなく諸君らはスキルアップしただろう。だからその努力と実力を試す機会を与えようと思う。3日後の訓練最終日。一年生部隊と上級生部隊との練習試合を行うことにする」
静観していた一年生はどよめいた。
「一年生は全47小隊部隊全員、教育で使ったルクスに搭乗し47両で闘ってもらう。そして相手の上級生の戦車は全部で6両」
「6両…ですか?」
エリカは思わず声をもらした。
「そうだ。その6両とは、パンター2両、ヤークトパンター2両、そしてティーガー2両だ」
場が再びどよめいた。
6両すべて黒森峰のエース級車両だ。
一年生部隊から別の声が上がった。
「二号戦車では到底太刀打ちできません!特にティーガーはゼロ距離でも装甲を貫くのが難しいはずです!」
藤村二佐は質問した生徒の方を見た。
「それは前面装甲の話だ。戦車の装甲は無敵ではない。側面や背面をとれば、50mm砲でも貫通させることは可能だ。君達の方が圧倒的に数が多い。チームプレーで敵の牙城を突き崩せ」
「しかし…」
「そして場所は廃墟の市街地を使う。開けた場所が少ない分、ティーガーやヤークトパンターの遠距離攻撃は無くなり、攻撃力は半減するだろう」
一年生部隊はしんと静まり帰った。
「いいか、この練習試合は諸君らの実力を測るためのものだ。この試合の結果によって君達各個人の、この黒森峰における役割や立場が決まる。この黒森峰でエースとなりたいのならば勝ってみせよ!」
一年生は互いの顔を見やった。
「そうだ…私達は黒森峰で輝く為にこの一ヶ月頑張ってきたんだ」
「やってやる。やってやるぞー!」
どうやら藤村二佐の言葉で一年生の闘志に火がついたようだ。
『ジークハイル!ジークハイル!ジークハイル!』
一年生は全員拳を高く突き上げ、雄叫びを上げた。
「では諸君らの健闘を祈る」
藤村二佐はそう言うと、倉庫から姿を消した。
その晩。
真由の部屋に十三部隊の3人は集まっていた。
「明日と明後日は練習試合に向けた作成会議にほとんどの時間を費やすことになるね」
みほは淡々とした口調で言った。
「うん。市街戦かあ。確かに長距離からの脅威は無いかもしれないね」
真由は首を捻りながら言った。
「だけど、狭い場所ではこちらの数の利を生かすこともできないでしょうね」
エリカはこちらのデメリットを指摘した。
「やっぱり勝つのは難しいのかな~。まあ明日またみんなの意見を出しあって勝つ為の作戦を考えようよ!」
「楽観的ね」
「だってもうこうなったらやるしかないじゃん?当たって砕けろだよ!みんなもすっごくやる気になってるし。勝てる可能性は低いかもだけど、ちょっとでも可能性があるならそれに賭けてみようよ!」
「無理だよ」
軽々しくも重い口調でみほは言った。
「なんでそんなこと言うのさ~。みんなやる気なんだからみほもやる気出して!ほら、右手を上げて!ジークハイル!ジークハイル!」
みほの調子は変わらなかった。
「真由さん、勝つのは無理なんだよ」
「だから何で」
「相手のティーガーには私のお姉ちゃん、西住まほが乗ってくる」
「え…マジ?でもわざわざ新人との練習試合で黒森峰のNo.1エースが出てくるかな~?」
「本当だよ。お姉ちゃんから直接聞いた」
「あ、そうなんだ…」
西住まほ。
彼女が入ってからの黒森峰は百戦錬磨で負け知らず。
戦場での立ち振舞いはまさに鬼神の如し。
まほが操るティーガーの周りには常に破壊し尽くされた敵機が散乱している。
西住流が誇る唯一無二の最強の戦車兵だ。
「それは本当なの西住!?」
急にエリカは興奮してみほの肩に掴みかかった。
「ほ、本当だって言ってるでしょ…」
みほは迫るエリカから逃げるように言った。
「ふふ…ふふふふはっはっはっは!こんなにも早く西住まほと対峙できるなんてね!」
エリカはまるで人が変わったかのように高々と笑っている。
「…どういうことなの?」
「私はね、高校生最強と言われる西住まほを倒してNo.1の座を奪う為にこの黒森峰にきたのよ」
突然の告白に真由とみほは戸惑った。
「え…だったら他の高校に行って黒森峰と闘えば良かったんじゃないの?」
真由はエリカの態度に恐怖を感じながらも言った。
「それじゃあダメなのよ。それで勝ったとしても、西住流とマスコミが作り上げた彼女のイメージを壊すことはできないわ。同じ学校で蹴落としてこそ完全に最強の座を私のものにできるのよ」
エリカの目は獲物を狙うハイエナのように鋭い眼光を放っていたが、真由は、え?そうなの?と心の中で思った。
「そんなのできるわけない。お姉ちゃんには勝てない。お姉ちゃんの実力は私が一番知っているもの。それにそもそもこの練習試合は私達一年生の為のものじゃない」
「私達の為じゃない?どういうことよ」
「藤村二佐はああ言っていたけど、本当の目的は次期黒森峰隊長を決める為の上級生側の最終試験なんだよ。だからお姉ちゃん以外の搭乗員もかなりの実力者達が乗ってくる…私達が47両もいるのはどの上級生が一番私達を撃破できるか競い会う為なんだよ」
その場に暫しの沈黙が訪れた。
だがすぐにエリカが口を開いた。
「その話が本当だとして、どうだって言うのよ。そんな状況で私達が勝てば、まさにさっき私が言った通りの展開になるじゃないの!!」
「…」
真由もみほも、言葉が出なかった。
「舞台は整ったということね。益々試合が楽しみになってきたわ。あなた達、当日は私の指示に従って最善を尽くしなさい。この試合、絶対勝つわよ」
そう言うとエリカは立ち上がり真由の部屋から出ていった。
「エリカさん…あの人狂ってるのかな。二号戦車じゃあどうやっても勝てやしないのに…」
みほは心配そうな顔をしていた。
「まあいいんじゃない?どの道試合自体はやらなければならないし、自分達がボコボコにされて負ければエリカの目も覚めるよ」
「そうだね。そうだよね」
暫しの沈黙が訪れる。
一向に口を開かず、うつ向いたままのみほを真由は覗き見た。
「みほ、また何か隠し事があるの?」
突然の質問に一瞬みほは目を泳がせた。
「ううん、何も無いよ」
「…そう」
その晩、真由は泊まっていかないかとみほに言ったが、みほは断って部屋から出ていった。