これが本当の本土決戦death

第1章 3


西住みほが生徒会室を出る時すでに三時を回っていた。
修了式が終わって今まで四時間程経過した事になる。

蝶野亜美が去った後、西住みほと角谷杏は今後に向けての取り決めを話合っていた。
まず角谷杏は明日、生徒会役員で一旦話合い、明後日に戦車道部員に事の顛末を告げる。そしてその日が来るまで今日の話は内密にする手筈になった。
後、この件に関しては一年生チーム(ウサギさんチーム)は除外する。
もし、確率は低いが全員賛同したとして、その全員にもしもの事があれば今まで培ってきた戦車道の灯を消す事になる。故に大洗女子学園戦車道の継承者として成長著しく一番若いウサギさんチームを残す事にした。

これは大洗女子学園に限らず戦場に行く事になる賛同校全てに共通する現象であった。

ここまで書くと察しがつくだろうが
話合いが終了した時点で西住みほと角谷杏はお互い言葉に出さずとも賛同せざるを得ないだろうと諦めていた。

誰も賛同者が居なかった場合は二人で
行くつもりでいた。むしろそっちを望んでいたのかもしれない。
しかし一方でまだ希望を捨てきれずに
いた。日本政府と中国共産党政府との
間にギリギリまで交渉の余地が残されている可能性という希望を。


西住みほは外に出た。まだジリジリと
太陽が顔に照りつけ一分としない内に額から汗が滲んでくる。
急に空腹感を感じた。そう言えば朝食後は干し芋二枚しか口にしていない。
鞄の中にのど飴があったのを思い出し中を探ると、携帯電話の着信ランプが
点灯している。武部沙織からメールが来ていた。

(生徒会長の用事が済んだら戦車倉庫に来て!お昼まだでしょ?サンドイッチ買ってあるから。四号の上でみんなで待ってるね!)

てっきり先に帰ったと思ったら、ずっと私を待ってくれてたのか。今度みんなに74アイスでも奢ってあげよう。

戦車倉庫に着くと武部沙織のメール通り四号戦車の上であんこうチーム全員が待ってくれていた。

「あっ、来ましたよ!おーい!西住殿ー!」

四人共笑顔で西住みほに手を振った。
みほの方も大袈裟に手を振って長時間待たせた謝罪とサンドイッチのお礼の言葉を述べた。
空腹と皆の気遣いのせいか、サンドイッチは非常に美味である。

「そんでさ…、みぽりん、会長の話って何だったの?」

と武部沙織は質問した。西住みほはぎくりとした。武部も秋山も五十鈴も冷泉も有名人の重大発表でも聞くかの様に身を乗り出して彼女の第一声を待っている。

「みんな、どうしたの?そんな真剣な顔して。大した話じゃないよ!夏休み中の練習メニューとか合宿をやる、やらないみたいな、そんな話だよ…。」

こんな説明じゃ納得してくれないか。

「その割には随分遅かったな?」

今度は冷泉麻子が少し懐疑的な表情で質問した。
彼女はこの四人の中で一番勘の鋭い所があるから気を付けて発言しないと。


「あぁ、ゴメンね。話合いの途中で生徒会の河嶋さんや小山さんが来て生徒会の雑務や計画の話してたから…。その話が終わるのを待ってたらこんな時間になっちゃった…。」

この言い訳はまずかったか。と西住みほは後悔した。もし生徒会室の話合いの間に四人が河嶋と小山に遭遇していならこの嘘は破綻する。

「ふーん、そうなのか。分かった。」

少し訝しげに思っただろうが一応四人を納得させる事が出来たようだ。

「私てっきり…あの…この前の話で言ってた中国との…。」

五十鈴華は武部沙織に遠慮がちな視線を向けながら言った。 
やはりこの話題は避けられないか。
西住みほに緊張が走る。

「あはは、そんな訳ないよ!まだそんな事気にしてたんだ。華さん心配し過ぎだよ!」

「ほんとに!?みぽりん、私大丈夫だから本当の事言って!」

「もう、沙織さんまで。私、自分で言うのも変だけど嘘付くのとか下手だから…。」

「そう言えばそうですよね!すみません私みほさんを困らせるつもりはなかったんです。」

「そうだよね!よく考えたら戦争なんて起こるはずないよねー!心配して損したぁ!ふぅ、何か安心したら急にお腹がすいてきちゃったー。」

武部沙織はこの話題になると多少取り乱す傾向がある。彼女が戦争に対して抱くイメージは恐怖と嫌悪であろう。
まあ、それらは誰しもが抱く事だが
武部沙織は人一倍顕著であった。

西住みほは心臓の鼓動が早まるのを感じていた。顔や動作によって四人に悟られるのではないかと思うと余計に自分の身体が自分の意思と解離してゆく感覚に囚われる。
もうこの話題を切り抜ける事しか頭になかった。
でも自分から話題を変えるのは白々しくなるか。

しかしこの話題について一切追及せずただ黙って話を聞いていた秋山優花里がその役目を果たしてくれた。

「そういえば、今度九十九里浜に行くって話、武部殿から聞きました!
私も喜んでお供しますよ!」

西住みほは安堵した。こんな時いつも
助けてくれるのは秋山優花里なのである。

「私も聞いた。でも朝五時起きとかだったら悪いが私抜きで行ってくれ
。」

「多分八時に起きても大丈夫だと思いますよ!いざとなったらまた私の起床ラッパで起こしに来ますから!」

「…うん、分かった。行こう。ありがとう秋山さん。」

「お任せください!」

秋山優花里は冷泉麻子に向かい敬礼した。

「ねえ、みぽりんは水着持ってる?」

「そういえば私、中学に入って海なんて行ってないなぁ、ずっと戦車道ばかりやってたから…。」

「だと思った!ゆかりんも水着持ってないって言ってたし、これから二人の水着買いに行こうって、みぽりんが来る前にみんなで相談してたんだ!」

「えっ!?もしかして今から買いに行くの!?」

「そうだよ!だって明日海に行くんだもん!」

「えっ?ちょっと待って沙織さん、海行くの来週って言ってなかったっけ!?」

「来週は天気があまり良くならないみたいですよ。それに、さっきインターネットで見たんですが今日梅雨が明けてたみたいなんです。みほさん、善は急げです!参りましょう!」

西住みほは突然の予定変更に面食らってしまった。皆の楽しそうな笑顔を見ていると断れない雰囲気である。
しかしながらこの変更は彼女にとって
好都合だ。明後日になれば大洗戦車道チームは迫り来る中国軍との戦闘を交えるかどうかの選択を迫られる。
来週の今頃は海水浴だのキャンプだの
とは言ってられない状況になるだろう

西住みほは無神論者であったが神様を信じるのも悪くないな、とこの時思った。
そして、もしかすると明日があんこうチーム最後の楽しい思い出作りになるのではないかという想いが頭をよぎる
。一人自然と涙が出そうになるのを必死でこらえる西住みほとあんこうチームはショッピングモールへと歩きだした。


水着を何度も姿見の前で合わせ最終的に武部沙織が西住みほの為に選んだ水着は9800円と高校生の予算では少々値のはる物だった。結局その後の晩御飯も五人は馴染みの豚カツ屋へとなだれ込み、海水浴前夜祭の様相を呈してきた。

西住みほが一人暮らしのマンションに
戻ったのは八時半を回ろうとしている時だった。よく祭りの後の寂しさなどと言うが、この日の夜は特に寂しい。
テレビも着けずカーテンも閉めず、
窓越しに見える民家の灯りと直接窓に映る自分の姿をしばらくただぼんやり見ていた。
「人は死んだらどこに行くのだろう」
漠然と想像してみる。

突然、姉である西住まほの声が聞きたくなった。

咄嗟に携帯を掴み取り送信履歴にある
姉の番号をプッシュする。
五、六回のコールで繋がったが何を話すかは全く考えてはいない。

「もしもし?お姉ちゃん、私だけど、
今大丈夫?」

「みほか?どうした、こんな時間に珍しいな。ちゃんとごはんは食べてるのか?」

「うん、ちゃんと食べてるよ。黒森峰は明日から夏休みだよね?」

「そうだよ。大洗女子学園も明日から夏休みなんだろ?」

「うん。」
 
「こっちには帰って来ないのか?」 

「うん、戦車道の練習もあるし。」

「そうか…。」

しばらく沈黙が続く。

「なあ、みほ」「あのさ、お姉ちゃん」

二人同時に話掛けてしまった。

「ん?何?お姉ちゃん。」

「いや。はは、みほから言ってみな」

「…うん、じゃあ私から話すね。あのさ、お姉ちゃんは戦車道やってて今幸せ?」

「ああ、幸せだよ。何でそんな事聞くんだ?」

「それが意に沿わない結果になろうとしてもそう思う?」
 
「何でそんなこと…。」
「……みほ!最近お前の周辺で何か変わった事は無かったか?…例えば誰か尋ねて来たとか?」

「……ううん、誰も来なかったよ。」

「みほ!今から私が言うこと約束してくれるか?」

「…うん。」

「…少し変に思われるかもしれないが…蝶野一等陸尉がもしお前に会いたいと尋ねてきても絶対会っちゃだめだからな!約束してくれるか?」

「…ゴメンね、お姉ちゃん。私ウソついた。今日会ったよ、蝶野さんと。」

「えっ!?……そうか…。で、みほは何て答えた?」
 
「二週間後に返事をしますって。お姉ちゃん……中国軍と…戦うの?」

「みほは何も心配しなくてもいい!
私が蝶野一等陸尉ともう一回掛け合ってみるから。お前は何も考えずに戦車道に打ち込め。分かったな、みほ!」
 
「お姉ちゃん。私の質問に答えて!」

その時、姉まほの携帯電話の向こうから人の声が聴こえた。声の主は西住姉妹の母親、西住しほである事は一瞬で分かった。まほは恐らく携帯電話の通話口を手で塞いだのであろう、何も聴こえなくなった。

「お姉ちゃん!お姉ちゃん!?」

しばらく問いかけた。
数秒後、西住まほが応答する。

「みほ!すまない、またこっちから連絡するよ、さっき私が言ったこと忘れるなよ。」

通話はそこで途切れる。
西住みほは肝心な質問の回答を邪魔した母親に対して怒りが込み上げた。
今までのみほであるならばその様な感情は起こりえなかった。
西住みほにとっての母しほは、一般の母親像とは程遠いものであり、彼女が中学生になって以降、軽々しく口を聞ける存在とは言えなかった。極端な例に例えると大企業の平社員と社長のそれである。しかし、子供にとって強く誰からも尊厳される親というのはやはり誇らしいものだ。当然西住みほもそう思っていた。
だがその反動なのだろう、いくら理不尽な事で母親から叱責されても自分に落ち度があるからしょうがないのだと思う癖が幼少時代から知らず知らずの内、西住みほの心中に根付いていた。
母親に対する怒り。それは彼女自身の新たな発見だった。

みほに二つの疑念が起こる。
何故にお姉ちゃんはあの時通話を遮断したのだろう。
本来ならいくら厳格な母親でも離れて暮らす娘に一言でもいいから会話をさせようと試みるのではないか?いくら
折り合いの悪い仲であってもだ。
そして、もう一つの疑念。
あの時、お姉ちゃんは「もう一回蝶野さんと掛け合ってみる」と言った。
という事は以前に蝶野さんとお姉ちゃんは自分の戦争参加について話し合っている。生徒会室での蝶野さんの口振りは「中国軍と戦う部隊の指揮を取れ
」と言わんばかりであった。
とすれば恐らくお姉ちゃんは蝶野さんに自分の戦争参加を諦めるよう説得したのではないか?明らかに蝶野さんと自分を遠ざけようとした形跡がある。
そしてさっきの母親の登場で切られた通話。西住みほは悲しい現実を知ってしまった。

「自分の母親は娘を戦場に送り出すつもりだ。」

という事を。