これが本当の本土決戦death

第1章 5


2021年7月27日、大洗戦車道チームの各車長を通じて連絡が回され全員が生徒会室に集まった。午後2時過ぎの事である。
それに先立つ30分前、西住みほは生徒会役員室に呼ばれた。

「お疲れ様です。あのー、私に話があるって事で早めに来ましたが一体何のお話でしょうか?…。」

「やあ!西住ちゃん、悪いね。…まあ何だ…この前の件の事なんだけどさ
、西住ちゃんの覚悟っつうか…その変の話してなかったじゃん?」

みほは角谷杏の言わんとしている事を
瞬時に察した。自分が戦争に参加するか否かという返事が欲しいのだろう。

「角谷会長、私は行きますよ。西住流の人間でもありますし…それに、あれから色々考えて悩みましたが…やっと決心がつきました。」

「そっか…判った。じゃあ今現時点では四人だな!」

「え!?四人?」

みほの目の前にいる角谷杏、川嶋桃、小山柚子は笑顔を浮かべていた。恐らく生徒会と自分を含めた四人という事だろう。

「西住さん、よろしくね!あと、生徒会を代表してお礼を言わせて。本当にありがとう!」

小山柚子の顔には動揺が感じられない。

「い、いえ。こちらこそ!」

「西住隊長!これからも宜しく頼むぞ!これからの作戦は全てお前の指示に従うからな。そのつもりで!」

川嶋桃も普段と変わらない。いや、少し優しくなったか。

「あ、はい!でも、皆さん…その…
覚悟とか恐怖心とか…大丈夫ですか?…私自身、随分悩みましたから…。」

「…そりゃあメチャクチャ悩んだよ。…でもさ、ほら、戦車は一人じゃ働けないっしょ?」

「そうそう!それに私がいなかったらカメさんチームじゃなくなるしね!」

「西住隊長、いざとなったらお前がへッツァーの車長をやれ!」

先日、小山と川嶋は角谷から突然の話を聞かされた訳だがその顔には何か吹
っ切れた様な印象をみほは感じた。
改めて角谷杏という人物の凄味が判ったような気がする。この三人には角谷杏を中心に自分には計りしれない絆があるのだろう。
以前、このメンバーであんこう鍋を囲んで話をしたことがあった。 
みほは自分が大洗女子学園に転校して来る以前の様々な行事における生徒会のスナップ写真を見せられた事を思い出す。それに纏わるエピソードを語る彼女達の口調や遠くを見る様な眼には、この三人がいかに濃厚な時間を共有してきたか、そしてお互いが本当に大切な仲間なのかという事を如実に物語っていた。
彼女達が戦争に参加する理由はみほのそれと何ら変わらないのだ。

「かーしまなんてさー (角谷杏は川嶋桃をかーしまと呼ぶ) 昨日涙ボロボロ流しながら、かいちょーぉ!私は一生ついていきます!とか言いながら私にすがり付くんだもんなー!ほんと可愛い奴だよ!」

「会長!何もこんな時にそんな話しなくてもいいじゃないですか!おい西住
、笑うな!」

川嶋桃は顔を紅潮させながら角谷杏に
抗議し、みほに悪態付く。みほは何となくその川嶋の姿を「可愛いな」と思った。

「会長、そろそろ部員皆を生徒会室に集合させる時間ですよ。」

小山柚子の顔から笑顔が消え失せ緊張が走った。 




やがて生徒会室に熱気と喧騒が充満する。冷房の温度を18度まで下げた。 

「もー、一体何ですかあ?夏休み入ったばかりなのに!」

「もしかして合宿のミーティングなんじゃない!?」

「ウソ!だったら沖縄がいいなあー」

などと勝手な想像で私語をする部員達
。特に一年生のうさぎさんチームは一番年少で無邪気である為か、私語を慎むといった概念は無いように思われる
。全部員は大別すると大きく二つに分かれていた。不満や欲望を口にする者達と何かを察して堅く口を閉ざす者達
。当然ながらあんこうチームは後者に
属した。
生徒会と共に全部員の前に立った西住みほはあんこうチームに眼をやった。彼女達も真剣な眼差しでみほを見た。あんこうチームは小さく二、三度頷く。

「静粛に!今日みんなに集まってもらったのは非常に大事な話があるからだ。夏休み二日目で本当にすまないと思うが我々の話を聞いてくれ。では会長、お願いします。」

室内がざわめき出す。合宿や夏休み中の朝練だと思っていた者達は互いに顔を見合わせ怪訝な表情を浮かべた。

「静かに。もしかしてこの中にはもう察しのついた者もいるかも知れないが修了式の日に蝶野一等陸尉が我が校に来た。」

「会長!もしかして練習試合ですか?
相手はどこです?」

カバさんチームと称するグループに属するエルヴィンと渾名される部員が質問した。

「いや、これから話すのは練習試合なんかじゃない。…みんなももうニュース報道で知ってると思うが、…近い将来日本と中国は戦争する。この日本でだ。」

悲鳴にも似た声が生徒会室に響き渡った。

「ち、ちょっと待って下さい角谷会長!私もたまにニュースは見てますがそんな事一言も聞いてませんよ?」

「私も9条があるから中国は攻めて来られないって聞きましたけど…。」

アヒルさんチームの磯辺典子とウサギさんチーム(一年生チーム)の澤梓が風紀委員カモさんチームの頭越しに発言する。風紀委員長の園みどり子が二人に強い調子で一蹴した。

「あなた達!会長が喋ってるんだから黙って聴きなさい!」

磯辺と澤は小さな声で「はい」と言って下を向く。角谷杏は続けた。

「蝶野さんは八月下旬から九月上旬が侵攻して来るかもって言ってた。みんなもさ日本中の米軍が引き揚げる報道は見ただろ?米軍の完全撤退が終了する頃がそれに当たるんだよ。すでに米軍の半数が撤退済みだ。そして中国軍が日本に上陸しても米軍は助けてはくれないらしい…。もう日本という国は日本人の手によって守るしか無くなった!
それに今の自衛隊の戦力だけじゃ侵攻して来る中国軍を食い止められない所か戦う事すら出来ないんだ…。いくら侵略者であっても抵抗すれば第9条に反するとか言って一部の政治家とマスコミが騒ぎ立てるからな。つまりこっちが100発殴られて初めて反撃の拳を繰り出す事が出来るって事さ。少なくても今の段階での話だけどな…。
この際だからはっきりと言うがテレビニュース、特に中国や韓国に同調する様な報道には一切耳を貸すな!
奴等は憲法9条を隠れ蓑にして日本を
中国に明け渡そうとするズル賢い連中なんだ!
そうやって奴等の言う通り無抵抗を貫いてその後どうなるかお前達判るか?
男は強制労働の末、皆殺しになり、
女は強姦されて中国人の子供を産まされ、日本人はやがて地球上から消滅するかもしれない。もしもお前達の中に恋人や片思いしている相手がいるなら今のうちに思いを絶ち切っておけ。どうせ殺される運命だ、後から自分が苦しまずに済む。……それが嫌だと思う者がもしこの中に居るなら…私達と一緒に戦ってくれないか!?これは蝶野さんの依頼でもあるが私の望みでもある!返事は今すぐじゃなくてもいい。ただ、12日後の8月9日迄がリミットだ!それまでに私と共に中国軍と戦う覚悟が固まった者は生徒会に連絡してくれ!」

生徒会室は張り詰めた静寂に包まれる
。確かに自衛隊が先制攻撃出来ないのは事実である。それは二日前に訪ねて来た蝶野一等陸尉も仄めかしていたのだ。それよりも、西住みほは角谷杏が積極的に部員達を扇動しているのを見て驚きを禁じ得なかった。角谷の両脇にいた小山柚子と川嶋桃もみほと同様の感想を抱いているようである。
その時、突然一人の部員が右手を真っ直ぐ伸ばし言った。

「角谷会長!私達も一緒に連れて行ってください!」 

声の主は先程部員の私語をたしなめた風紀委員の園みどり子だった。同じく風紀委員の二人、金春望美と後藤モヨ子も決意は同じらしい。全員の視線が彼女達に集中した。
カモさんチーム(風紀委員)は第63回戦車道全国高校生大会 準決勝戦に於いて貧弱な戦力の補強として半ば強制的な形で戦車道部に組み込まれたチームであった。彼女達も角谷杏の独裁的判断で徴集されたのは西住みほの場合と同様である。準決勝の前日に戦車道部員の前で自己紹介した三人の顔には諦めと緊張の入り交じった感情が見て取れた。なのに今は直立不動の姿勢で周囲の目線を物ともせず刺す様な眼で角谷杏を見据えている。

「私達は随分前から中国軍の侵略について考えてきました。だからもう覚悟は固まってます!…それに中国人が観光目的で日本に来ていた時から私達は彼等が許せませんでした!道端にゴミを捨てるのはまだいいとして…口にするのも憚られるような行為というか
…それが私達にはどうしても我慢ならなかったんです!みんな聞いて!中国人相手に風紀を正すのは無意味よ!そんな奴等に私達の国が乗っ取られるなんて死んだ方がマシだわ!ねえ、みんなもそう思うでしょ!?」

園みどり子らしい意見だと部員皆思った。しかし中国人が自分勝手な国民性
だからといって、ただそれだけの理由で自分の命を危険に曝す事が出来るのか?いや、彼女達にとって恐らく国民性だけの問題という訳ではない。風紀委員という組織は当然規則を厳守させるのが第一義である。中国人の様な全くルール無用の人種はそれだけで彼女達にとって唾棄すべき対象だ。そしてそれが国家、政府レベルの規則違反となると最早中国人に対して殺意しか湧かない所まで昇華していたのかもしれない。
園みどり子は自身の思いを披瀝した後、ふと冷泉麻子の方を見た。彼女がこういった発言をした後、冷泉麻子が大抵茶々を入れるのが「お約束」であったがみどり子の期待は裏切られる。冷泉麻子は悲しげな顔で彼女を一瞥しただけだった。
複雑な表情のみどり子は冷泉麻子に何か言い出そうとして止めた。

「あのー、私もついて行きます!!」

もう一人の立候補者が名乗り出た。

秋山優花里だ。

今度は彼女に皆の視線が集中する。
秋山は西住みほとあんこうチームのメンバーに向かい「すいません…」と小声で呟いた。西住、武部、五十鈴、冷泉の愕然とした顔が眼に映ったが優花里の決意は固まっていた。

「私が角谷会長殿達について行こうと思ったのは敢えて言わないでおこうと思います。それは賛同した皆さんと同じ理由での決断だからです!…やだなあ、あまりジロジロ見ないで下さい。恥ずかしいじゃないですか…。」

それだけ言うと秋山優花里は恥ずかしそうに顔を赤らめる。

隊長として全部員の前に立つ西住みほは秋山優花里に対して自分は何も言えない立場だと思った。しかしその心中は複雑である。
そして他のチームメイトも声を掛ける事が出来なかった。前日、九十九里浜での優花里の台詞を聞いて以来彼女の決意を薄々感じていたのかもしれない。

「風紀委員のみんな、秋山ちゃん。ありがとう!お前達の気持ちは確かに受け取った!…だが、本当にいいのか?まだ考える時間は充分あるんだぞ?それからでも遅く無いと思うんだが…。


「はい。私達の気持ちは変わりません!」

「私も風紀委員の皆さんと同じです!」

これで、この段階での志願者は八人になった。

角谷杏にとって今は一人でも志願者を
集めてそれに向けた訓練に入りたかっただろう。しかし戦車道部員達には充分考えて決断を下して欲しいとも思っていた。もしかすると風紀委員も秋山優花里も一時的な感情に流されての発言かもしれない、と彼女は危惧していたからだ。
確かに蝶野一等陸尉が戦争への参加話を持ち掛けて来た二日前、角谷杏が拒否出来ないという感想を抱いたのは確かだ。だが、あくまで行くのは自分一人、もしかすると西住みほも同じ思いなら二人、そう決意していた。
しかし前日、生徒会の川嶋桃、小山柚子に打ち明けた時に彼女は自身の「美学」を曲げざるを得ない状況になってしまう。
角谷杏は二人に説明し終わると言った。「但し、この話は私と西住ちゃんが頼まれた事だ。お前達には直接関係無いのだから、これからの学校運営は任せた」と。
二人は杏が今まで見たことの無い形相で激怒した。何故一緒に行ってくれと言わないのか、我々の人間関係はそんなに薄っぺらな物では無かったはずだと言って頑なに彼女の申し入れを拒否したのだ。角谷杏はよく考えろ、その感情は単なる一時的な陶酔感だと反論した。すると川嶋桃は泣き出しすがりついてきたのだ。もし会長が一人で行くのであれば自分は今すぐ学園艦から身を投げると言う。小山柚子も同調した
。そこまで言われたら角谷杏も了解せざるを得ない。彼女はこの時初めて生徒会は親密になりすぎたと後悔したが
一方でいい友人を持った、自分は果報者だという幸福感を味わったのも事実である。そして二人の言葉は一時的な陶酔から出たものでは無いと確信した
。この時を境に角谷杏は積極性を持って志願者を募ろうと決意する。
但し、この場合は二年以上もの間絆を深めてきた生徒会内での話である。西住流の運命を背負った西住みほの志願は別の問題としても風紀委員や秋山優花里にはそこまでの関係性を築けたとは思えない。たかだか二、三カ月の付き合いで自分と一緒に死線を潜ってくれるとは到底考えられなかった。故に積極的に募るも志願に応じた者には慎重に考えた上での決断を促したかったのである。

やがて部員達は様々な思いを背負いながら解散した。

「あの会長…何故あんな熱心に参加者を募ったんですか?川嶋さんや小山さんまで…私、てっきり私と会長だけで行くんだと思ってました…。」

西住みほは部屋を出る直前の角谷杏を呼び止め問いただした。

「西住ちゃん、今日までみんなに話さないって約束破ったね?」

「…はい。どうしても話さなくちゃいけない状況になりまして…すみません!」

「いやあ、別に構わないよ。だけどさ…昨日のかーしまと小山の眼はさっきの秋山ちゃんと同じ眼をしてたんだよな…。つまりはそういう事!西住ち
ゃんなら判るだろ?」

西住みほは何も言い返せなかった。



この日から残りの部員達は8月9日まで
の決断猶予が与えられ、そして9日に再度生徒会室に集まる。予め氏名の書かれた用紙に「希望する」「辞退する
」と書かれた項目に○を付ける事が決定される。
一方、志願者八名は一度目の集会が終了した次の日から実戦に向けての作戦会議と訓練に明け暮れる事となった。


集会後あんこうチーム全員は誰言うともなく戦車格納庫に集まっている。

「皆さんには悪いですけどやっぱり私は四号で出撃したいです!…もしかして壊ちゃうかも知れませんがその時はすみません!」

秋山優花里は愛車である四号戦車の擦り傷だらけで汚れたあんこうマークを撫でながら言った。

「優花里さん、どうしても中国軍と戦われるのですか?」

「はい、もう決めた事なので。」

「あの時、私酷い事言いましたね…優花里さんの気持ちも判らずに…。」

「気にしないで下さい、五十鈴殿!」

「秋山さんは昨日、九十九里浜にいた時から決めてたんだな…。だから、西住さんの気持ちを代弁出来たんだよね?」

「…ええ、まあ。その勘の鋭さは流石は冷泉殿ですね!」

「…昨日の話でみぽりんが戦争に参加する理由は分かったよ、でもさ、ゆかりんの参加理由って何なの?」

「…実は私にもよく判らないんです。
祖国を守る為とか愛する人を守る為とかそういうのでもなければ風紀委員の皆さんの様な敵愾心でもない。…ただ私は皆さんと一緒にまた試合がしたいです!ただ、それだけなんですよ…。やっぱりうまく言えてませんね!」

「…何となくわかるよ、ゆかりんの気持ち…。」

沙織はか細い声、うつむき加減で返事をした。


「…もし、…もし私も参加するって言ったら西住さんと秋山さんは賛成してくれるか?」

「私も…今それを考えていました!」



麻子と華は何か思い詰めたような、焦点の定まらぬ眼をしている。
暫く沈黙が続いた。




「…ねえ、この前みんな家に帰らず私を待っててくれたでしょ?サンドイッチまで買ってきてもらって。その時ね、今度みんなに74アイス奢ってあげようって決めてたんだ!よかったら今から食べに行かないかな?」

西住みほの台詞は「この問題についてじっくり考えろ。今すぐ答えを出さなくてもいい」と言う意味のメッセージであると皆は解釈した。

だが、みほ本人の心中は違うのだ。
みほは蝶野一等陸尉が自分に中国軍襲来の話をした瞬間を思い出す。
蝶野さんは冷酷に、すんなりと自分に戦争が勃発する事を告白した。こっちの気構えなどお構い無しに。やはり彼女は軍人なのだ。
お姉ちゃんも角谷会長もここ一番には躊躇なく的確に発言出来る人間だ。
私にそんな力は無い。親友達に
「貴方は戦場を受け入れるか?それとも卑怯者としてこれから生きて行くのか?」
と思われても仕方の無い事を問いただす事は自分には無理だ。しかし仮にも私は戦車隊を率いる隊長としてこれから仕事を全うしなければならない。
なのに自分は問題を棚上げした。
心が弱いからだ。

しかし、いくら西住みほが気に病んでもどうしようもないのは明白である。
親兄弟、親友同志であっても心の奥底までは干渉出来ない。結局は彼女達自身に決断してもらうしか無いのだ。
そして今やるべきは今を精一杯生きる事だと自分に言い聞かせるしかないのである。恐らく五人も同じ気持ちだったに違いない。

あんこうチームは残り少ない青春時代を惜しみ楽しむかように74アイスへ向かった。



次の日、志願者八名は早速実戦に向けた作戦要項の作成に取り掛かった。作戦要項とは言っても敵の進撃路が不明である為、どの地区でどの様な作戦を立てるかというのは無意味である。故に接敵時における戦術に限定された。

西住みほは戦車道と実戦の違いを考えた時、最大の障害は圧倒的な火力の差
であると思っていた。しかし危険を避けて距離を取れば敵戦車の装甲貫通は難しく、逆に接近戦を挑めば生還率は
ぐっと下がる。西住みほは敵を山地に誘い込めないかと提案した。
秋山優花里の見解だと敵が山岳戦に乗ってくれるのは可能性が低いと言う

「もし私が敵の大将ならまず上陸作戦が容易な広い海岸を目指します。例えば九十九里浜とか…。そこから首都圏までひたすら平地です。山岳戦なんて面倒な事はせずに直接どてっ腹の首都圏に向かいますね。」

「せめて敵のおおまかな進撃路が判るといいんだけど…。」

「ただ、最短の千葉市コースも迂回する成田コースも途中には林の多い地帯があります。敵も必ず通るはずですから奇襲を掛けるならそこでしょう。」

カメさんチーム(生徒会)、カモさんチーム(風紀委員)はただ黙ってみほと優花里の話に耳を傾けていた。

「向こうの動きを自衛隊は掴んでるんですかね?蝶野さんから何か聞いてませんか?」

「ううん、何も。自衛隊との共同作戦だったら何か情報が流れてくるかも知れないけど多分あまり期待しない方がいいかも。私達はゲリラ部隊として扱われるから。ただ蝶野さんが私達の指揮を執るみたいだから、もしかすると…。」


「そうですか判りました。じゃあ基本的には不定期遭遇戦になりそうですね。西住殿はどの様な戦術で戦おうと思ってるんですか?」

西住みほはなるべく敵の背後を取りやすい林や建造物の多い戦闘地域を想定し奇襲による接近戦しか無いと踏んだ
。その為には今の射撃精度を格段に飛躍させる必要がある。

攻撃方法は以下にまとめる。
これまで通り車体と砲塔の間、後部エンジン、履帯を狙うと共に、戦車砲の徹甲弾で直接敵戦車の砲身にヒットさせる方法を模索する。我が方の砲撃で
敵戦車の砲身を折らなくても、せめて砲身を曲げさえし、無効化させる事が出来ればいい。
そして、狙うのであれば砲身の付け根をなるべく直角に近い射線で狙う事。
さらに、襲撃は専ら一撃離脱を基本とした戦法に限定する。射撃と後退を繰り返し、抵抗しながら陸上自衛隊による反撃をひたすら待つ。

「西住、そんな方法で本当に大丈夫なのか?」

心配そうな表情で川嶋桃が問う。

「…判りません、私達は実戦の訓練も受けてませんし。今までの戦車道で養ったやり方で出来る限りの事をするだけだと思います。」

「判りませんって…。おい、西住!」

「まあまあ、かーしま。私達が何かいい代案でも出せるって訳じゃないだろ?それとも、秘策でもあるのか?」

「はあ……。いえ。」

「じゃあ、今から訓練始めるとしようか!」

角谷杏は川嶋桃の肩を軽く叩きながら
立ち上がり皆を格納庫へ促した。



大洗女子学園戦車道部が遊撃部隊として発足して三日後、日本と中国は何の前触れもなく戦闘状態に突入する。

7月31日尖閣諸島に500隻の漁船が大挙押し寄せ、漁民に擬装した人民解放軍兵士約2000名が上陸した。
中国軍将兵らは一番高い岩山の頂上に巨大な五星紅旗を翻す。
上陸二日後には約50隻の運搬船が接岸し建造物の基礎工事に着手した。
日本政府はすぐさま国連安保理に中国の狼藉を訴えるが、どの常任理事国も及び腰となり三日後の決議案は日中両国に「冷静な対応」を促すに留まった

陸上自衛隊幕僚長は防衛省に創設間もない新鋭の水陸海兵団派遣を進言するが外務省の圧力で握り潰され結局日本は初期対応として何も出来ずに固有領土を無血占領される事となる。

日本のマスメディアはこのニュースを
大々的に取り上げず、例えば夜九時のNHKでは韓国のある有名なダンスグループ来日をトップニュースに流し、その後五分程度の尺で報道したりした。専守防衛行動を支持する与党議員に対し懐疑的なナレーションで視聴者に訴えかける。

「たかだか小さな岩山一つで尊い人の命が奪われる事があっては絶対にいけない事です。私達は憲法第9条の精神
を守り、如何なる場合も隣国と手を取り合い助け合っていく事こそが私達、国民の使命なのではないでしょうか。」

ニュースキャスターは最後にこう締めくくった。

首都圏や関西の大都市部では在日中国人、在日韓国人達が爆竹を鳴らし、銅鑼や太鼓を叩きながら街中を練り歩き戦勝国気分に酔っていた。中には鉄パイプやバールといった凶器をこれ見よがしに所持している者もいる。そし民族派団体としばしば衝突し少なからず死傷者を出した。
だが、こうした出来事は新聞記事やテレビニュースで報道される事はなかった。

このニュースを多くの戦車道履修者達が関心を持って視聴していた。彼女達の多くは失望したに違いない。
尖閣の次は沖縄か対馬か?
もしこれらの地域がまた無血占領など
されよう物なら今度は日本本土になだれ込んで来る筈だ。
結局大勢の日本人の血が流れないと自衛隊は動けないのか?
大洗女子学園戦車道部員達は7月27日
に角谷会長が訴えた言葉を思い浮かべ
た。このまま座して死を待つのか、命を賭して戦うのか、彼女達は究極の選択を迫られていた。