これが本当の本土決戦death

第1章 6


学園艦での訓練を一日だけこなした後大洗女子学園戦車道部員の志願者八名は学園艦を離れ大洗周辺の市街地、ゴルフ場などでの演習に励むことになった。尚、宿舎はかつて学校が封鎖された部員達が一時期宿泊していた思い出深い廃校跡の木造校舎だ。
再度訪れた西住みほや生徒会は一時的感傷に浸ったのだが、風紀委員達はあからさまな嫌悪感を示した。彼女達曰くここに来ると荒んだ気持ちになるらしい。

また、志願者の親達は娘の事を心配し、しばしば木造校舎を訪れに来た。しかし戦争参加させない為の説得に娘達は拒否の態度を取る。
西住みほは複雑な思いでそのやり取りを眺めていた。

実戦演習三日目に当たる7月31日、大洗女子学園戦車道部員は突如木造校舎に集まってくる。
驚きを隠せない志願者達を前に部員達は実戦訓練に協力したいと申し出た
。車両が多ければ多い程訓練の練度が上がるだろうという彼女達の計らいだったが勿論、戦争への参加、不参加は別問題である。

「どうせ、やること無くて暇してましたからねー。」

レオポンさんチーム(自動車部)の中島は自虐的な笑みをこぼした。

「…そっか、助かるよ、みんな。正直たった3両だと訓練にならないからねえ。でも無理して協力してくれなくてもいいんだぞ、この中には予定をキャンセルしてここにいる者もいるだろ?」

部員達は角谷会長の怒りを買う覚悟で来たのだが杞憂に終わったようだ。
部員達は

「いいえ!」「是非協力させて下さい!」

と腹から絞りだすような返事をした


「みぽりん!ゆかりん!私達も手伝いに来たよ!…役に立てるか判らないけど。」

「私、しばらく四号の砲撃音を聞いてなかったのでウズウズしてたんですよ。」

「またよろしく頼む、西住さん、秋山さん。」

武部沙織も五十鈴華も冷泉麻子も特に変わった様子は伺えなかった。いや、もしかすると自分達を心配させまいと平静を装ってるのかもしれないと西住みほは思った。

「ありがとう、みんな!実戦訓練とは言え、またみんなで練習出来ると思ってなかったよ!嬉しいな!」

「私もです!今日は三日振りの再会を祝して、とっておきのレーション振舞いますね!」

部員達の突然の申し出には理由がある
。結論から言うと、非志願者にとっても志願者と一緒にいる方が精神的に楽なのだ。
非志願者達はニュースで流れてくる報道と家族との間に大きな隔たりがあるのを感じていた。ある部員の父親は、
「この国はもうすぐ中国になるんだから」と中国語のテキストブックを手渡した。また、ある部員の母親は国外に亡命しようと持ち掛け「アメリカとイギリスのどっちがいい?しかし貧しい人は戦争に巻き込まれて可哀想ね」などと、これから起こりうるであろう惨劇をまるで他人事の様にしか認識していない。戦車道部以外の友人達も同様だ。
誰も自分の気持ちを解ってくれないし
今自分が置かれた立場の苦しさを打ち明けても、「逃げれば?」とか「降参すればいい」といった的外れな回答しか帰って来ないのだ。
角谷会長や西住隊長が命を懸けて守ろうとしているこの国はそんな安っぽい物なのかと家族、友人に対して憤慨し
絶望した。
7月31日、中国の尖閣諸島侵略に対しても親や友人達は何の興味も示さない。我慢の限界だった。彼女達はSNS で集合を呼び掛け世間との断絶を決意する。そして長期合宿に行くと家族に告げ、逃げる様にこの木造校舎にやって来たのである。角谷会長はそうした彼女達の心情も理解していた。

その日の夜は盛大な夜食会を開かれる。誰が持ち込んだのか不明であったが、あんこうを模した着るのも恥ずかしいコスチュームを全員で着用しキャンプファイアを囲って「あんこう音頭」を踊ったりもした。

次の日、小山柚子が西住みほの宿泊する教室に来て来客があるのを告げる。
みほが訝しげに玄関口に行くと、そこには姉の西住まほが立っていた。
あの日から、会話が途絶えた電話以来であるが直接面と向かったのは一ヶ月以上前だ。色々と言いたい事が沢山あるはずなのに突然眼前に姉の姿を見ると頭の整理が追い付かない。

「お姉ちゃん!…どうしてこんな所に!?…」


「みほ、お前が何でこんな場所にいるんだ?学園艦に行っても留守だったんで捜したぞ!」

まほの服は汗だくになり靴も汚れている。きっとまほ必死にみほを捜したのであろう。その痕跡がありありと見て取れた。

「ちょっと待ってて!今、何か飲み物取ってくるね…喉渇いたでしょ!?」

「いや、大丈夫だよ。それよりみほに話があって来たんだ。」

「わざわざこんな所まで…電話じゃ駄目なの?」

「うん、…いや直接みほと話したかったんだ。…電話だと色々面倒だからな。…所でみほ、さっき来る途中で見掛けたんだが掩体壕に隠された戦車が並んでたぞ…まさかお前、中国軍と戦うつもりじゃないだろうな!?」

みほは黙って俯いた。

「そうなんだろ!?」

「…。」

「バカだな……お前に戦場なんて無理に決まってるじゃないか、遊びじゃないんだぞ。喧嘩は私がするからみほは安全な場所に避難しろ。ドイツに私の友人がいるからその人を頼るといい。その為の交通手段も手配済だ…」

「お姉ちゃん!!」

突然、大声で叫んだみほにまほは思わず瞳孔が開いた。遠くでバレーボールの練習をしていたアヒルさんチームがこっちを凝視している。

「お姉ちゃんだけ格好つけないで…
それに…何でお姉ちゃんが戦場に行くの?だってお姉ちゃんは西住流の正統
な後継ぎなんだし…そんなのおかしいよ。私が戦場に行くからお姉ちゃんこそ避難して!これは西住流の為でもあ
るんだよ!」

「お前…何時からそんな口を私に…」

みほは頬の一つでもひっぱたかれると思ったのか、一瞬身をすくめた。

「みほ、確かに私は西住流の後継ぎだ。しかしお母様は私達二人に戦う事を望んでいる…全く愚かしいことだよ!だがな、私はお前こそが西住流の後継ぎに相応しいと思ってるんだ。だからお前を戦場から遠ざけようと努力もした!私の言いたい事が判るかみほ?私の…いや、西住流の戦車道はもう過去の物なんだよ。…お前が日本の戦車道を変えた。これからの西住流はみほが背負って行くべきなんだ。お前にとっては棘の道になるかもしれないが。でも、だからこそそれを邪魔立てする奴は例えお母様だろうと私は遠慮はしない!」

母親のしほの意向を聞いたみほは少し落胆したがもうどうでもいいことだ。
ただ姉の気持ちは素直に嬉しかった。

みほにはどうしても言わなければならない事がある。

「それは買いかぶりすぎだよ…自分で言うのも変だけど私の戦車道は西住流にはなり得ない。…それこそ、ご先祖様に怒られちゃうよ、そんなの邪道だあーって!あはは…。」

「みほ…。」

「…それに…もしこの国が戦場になって中国に支配されでもしたら西住流どころか島田流だって全ての流派は解体されちゃうんだよ!せっかく本心から戦車道の事好きになれそうだったのに、それを妨げようとするなんて…私は許せない!それにね、ここに来てから他の部員の親御さん達が来て戦場行きの志願を諦めさせようと説得に来てたの。でもみんな説得に耳を貸さないで自分の意思を貫こうとしてた。その時思ったんだ、私は西住流の人間である前に大洗女子学園戦車道部の隊長なんだって。だからみんなをほっといて自分だけ助かろうなんてそれだけは絶対イヤなの!お姉ちゃんだって同じ覚悟だったから私を説得に来たんしょ?…その覚悟があるなら…一緒にやろう?逃げるにしても戦うにしても私、お姉ちゃんと一緒がいい!」

西住まほはもう何も言えなかった。

「分かった…いや、もう分かってたんだ…お前が志願する事も。その立場上行かざるを得ない事や私にそれを止められない事も…。お前の本心を直接聞けて良かったが…すまない!みほ。私に力が無かったばかりに…。」

「あやまらなきゃいけないのは私のほうだよ。ごめんね、勝手に決めちゃって…。」

「みほ…でもこれだけは絶対約束してくれ!隊長として苦しく堪えられない事があっても決して感傷的になるな!いかなる状況になってもまず生き延びる事を優先しろ!もし戦場で嫌なものを見たら私が今言った事を思い出せ!分かったな!」

「うん、分かった、ありがとう…お姉ちゃんも絶対無理しないでね!」


まほは地元にある護国神社の御守りを
みほのポケットにねじ込んだ。その御守りには色褪せた文字でこう書かれてあった、「武運長久」と。

「…強くなったな、今のみほはボコにそっくりだよ。」

「はは…それって誉め言葉なんだよね?…」

「…さあ、どっちだろう。」

西住まほはみほを抱き寄せた。耳許で恐らくみほは泣いているのであろう、鼻をすするのが聞こえる。
思えばこんなに妹と密着するのは幼少時代以来無かったのを思い出した。普段の彼女なら絶対にやらない行為であるが、しかし、まほは妹の体温を自分の記憶に刻みたかったのだ。
もしかしてこれが妹との最期の対面になるのかもしれないと思ったからである。
みほは一泊するよう勧めたがこれを断りまは別離を惜しむように帰って行った。
中国侵攻に備えてその準備に忙殺されている彼女にとって一分一秒が貴重なのだ。それでも妹の身を案じ、はるばる熊本から妹に会いに来たのはまほにとって妹が一番愛すべき家族だったからに他ならない。 


8月1日蝶野一尉から一本の電話が角谷杏の元に掛かってきた。
関東地域における高校戦車道部隊の司令部を一時的、東京都市ヶ谷の陸上自衛隊第一師団に設置する旨の内容であった。その際に一度各高校の代表が集まり今後の作戦を話し合う場が設けられる事になったのだ。
この頃になると全国の約半数にあたる
高校が参加を表明していた。そして、
サンダース大付属高校や知波単学園も参加するのだが、黒森峰女学園は九州地域の防備に当たる為このグループには属さない。(西住まほはこの事情を知っていた。)本来なら佐世保に本拠地を置くサンダース大付属高校は九州の防備に回されるはずだが何故か関東防備を命ぜられた。その理由は九州には黒森峰、サンダースと強力な戦力が固まっている為、戦力分散の意味合いでサンダースは関東に派遣される事になったのである。



大洗女子学園からは代表として西住みほと角谷杏の二名が出向く事になった

 
次の日の8月2日、朝七時に気温はすでに25度を越える真夏日である。
身支度を済ませた西住みほと角谷杏は
木造校舎を後にした。

明日には帰るから。後は頼んだよ !」

「うん、分かった。二人共気を付けて行ってらっしゃい!」


「おい、西住!会長にもしもの事があったら判ってるな?責任重大だぞ!」

「…はい!」

小山柚子の優しい笑顔と河嶋桃の鋭い目付きに見送られながら二人は臨海鉄道に乗った。
目的地まではかなりの時間を要するはずである。西住みほは角谷杏に何か話掛けようと思うがなかなか話題が見付からない。ふと彼女の横顔を見ても感情が掴めずにいた。角谷杏はいつもの軽薄さとは似使わない沈黙を保っていたが気動車が住宅街を抜ける頃ふいに問い掛けてきた。

「ねえ、西住ちゃん。私達のやろうとしてる事って本当に正しいのかな?」

「やろうとしてる事」とは志願者を募って戦争に参加する事を指してるの
だろう。角谷杏の憂鬱な顔というのを
西住みほは初めて見た。

「私個人の考えでは正しいと思いますけど…角谷会長、どうしちゃったんですか、今日はちょっと変ですよ…。」

「ずっと考えてたんだけどさ、本当にこの国って守る価値があるのかな…とかね。」

「え?それってどういう意味ですか?」

「いやあ、何となくだけど…。私達は国って言うか、つまりはこの国の国民を守ろうとしてるんだよ。でもさ、その国民ってのは我々の命を掛けれるだけの価値があるのかな、なんて思ったりしちゃう訳よ。」

西住みほは角谷杏の言葉の意味をいまいち理解出来ずにいた。

「私は大洗町や学園艦に住む人達を守りたいって思います。試合の時いっぱい応援してくれましたから。」

「西住ちゃんらしい答えだね。」

それは皮肉なのか賛辞なのか計りかねる笑顔だった。

西住みほと角谷杏は三度目の乗り継ぎを経て約三時間後にJR 市ヶ谷駅に到着した。駅を出ると陽射しは射すような痛みを伴って襲って来る。
二人は目的地に向けて歩いた。
すると何やら人と人が争い会うような喧騒が聞こえてくる。それは大人数のようだ。
交差点を曲がるとその声の主達に遭遇した。真ん中に機動隊の長い列、その
両脇には黒い街宣車を伴いながら揃いの作業着に身を包んだ民族派、反対側にはリベラル派と呼ばれる人達、または在日中国人や在日韓国朝鮮人の人達が各々持ち寄った旗やプラカードを掲げながらお互いを罵りあっていた。
たまに機動隊の壁を突破した人達は
殴り合いになろうとしてすぐに屈強な体格の機動隊に押さえ込まれてしまう
。その様子をしばしの間西住みほと角谷杏は眺めていた。

「なあ、西住ちゃんはあの連中の事どう思う?」

「さあ…私にはよく分かりませんが…」

角谷杏は視線を喧騒の方へ向けたまま
眉間に皺を寄せている。その表情は明らかに嫌悪感を示している顔だ。

「私はむかむかするね。」

「え?…まあ、見ていて気持ちのいいものでは無いですけど…。」

「あいつ等、今この国が非常時だってのにさ、ほんと下らない事で争ってるよな。黒い作業着の奴等だって戦うべき相手が違うだろ。そんなに自分達が愛国者だって言うんならさ、私達みたいに銃を取って中国軍と一戦交える覚悟を持つべきだ。それに反対側にいる奴等も。戦勝国気取りで散々迷惑掛けてる同胞の事は棚に上げて、やれ民族差別は止めろ?戦争反対?…テメエの国が攻めてこようとしてんのにさあ
…だったらお前等が直接北京に乗り込んで戦争反対デモを好きなだけやりゃいいんだよ、そんな度胸もないクセに。それにあそこ見てみ。」

角谷杏が指差す方へ眼を移すと、中年男と明らかに未成年と思われる少女が腕を組んで歩いている。
その向こう側では大学生の集団だろう。バス停の前で迷惑そうな人々を尻目に昼間から酔っぱらっているのかパンツ一つのいで立ちで奇妙な踊りを踊り、その傍らには奇声をあげスマートフォンのカメラでその様子を撮影している女子学生の姿が嫌でも目に飛び込んでくる。


「大洗なんて田舎に住んでたら判らないけどさ、ちょっと都会に出て来りゃご覧の通り馬鹿ばっかだよこの国は。
そうは思わないか?…まあ、私はまだいいよ、でもかーしまや小山や他の志願者達の命とあいつ等の命はどう考えても釣り合わないと思うんだ。」

臨海鉄道に乗車していた時角谷杏が言っていた“守るに値しない国民”と
はこの人達を指しているのだろう。
確かにそう言われてみれば角谷杏の言う事には一理ある。杏に言われるまで気付かなかった、と言うより見ないふりをしていた。が、確かに世の中には社会に迷惑な人間、法を無視する人間が存在するのは日々眼にするニュースや新聞報道で認識していた。
「あの人達もいざとなったら真剣に考えるんじゃないですかね?」と当たり障りの無い西住みほの返答に対し、角谷杏は吐いて捨てる様に言った。

「私にはそうは思えないね。例え日本のここじゃないどっかに核が落とされて何十万人死のうがあいつ等は何も感じないさ。隣にいる友達や恋人が目の前で死体に変わる瞬間まで事の重大さに気付かないんじゃないか?そこで初めて自分の愚かさに気付くんだよ。今までボサッと生きてきた事を反省して
も時すでに遅しってね。…所詮、似非民主主義の犬なのかもな、日本人って人種は。」

「それじゃ、私達がもし死んでも無駄死にじゃないですか」こんな返答が西住みほの頭に浮かんだがそれを寸出の所で飲み込んだ。自分自身が情けなくなるからでもあるが、身も蓋も無い事を口に出せば己の信念が曲がってしまうのではないかと恐れたからだ。
しかし時間が経つにつれ分かってきた

それについては戦車道関係者としか接点の無いみほにとって盲点だったといえよう。
昨日、非志願者達が木造校舎に来たのは今の角谷杏と同じ様な心理状態だったからではないか?家族や友人から戦地送りの可能性のある戦車道履修者に対して心無い言動や態度を取られたら本人達はどう感じるか?だから角谷杏は何も咎めず受け入れたのだろう。
好むと好まざるに拘わらず日本の戦車道履修者達は今孤独と戦っているのだ


「…悪かった、西住ちゃん。さっき言った事は忘れて。」

返答に窮するみほを思ってか角谷杏の笑顔には謝罪の色が滲んでいた。



市ヶ谷の仮司令部に到着したのは昼の一時を過ぎた頃である。
指定された会議室に入るとすでに何校かの代表が集まっていた。

「へい!ミホ、アンジー!やっぱりあなた達が来たわね!」

後ろの方から聞き慣れた声がする。
サンダース大附属高校戦車道部隊長の
ケイである。両脇にいるアリサとナオミも笑顔で手を振った。

「やあ、お久しぶり!この前の試合、助けてくれてあんがとね!」

角谷杏はいつもの軽薄な調子で挨拶した。西住みほもかつての同士に会えて
嬉しかった。

「あっ…ケイさん、アリサさん、ナオミさん、お久しぶりです!皆さんのお陰で学校は守れました、ありがとうございます!」

「いいのいいの、私達も楽しかったしね!…でも今度は中国人民解放軍から日本を守る…ちょっと今回ばかりはキツいかもね…。」

「何だよ?いつになく弱気だなー。敵が上がって来たらバーン!ってやっつけりゃいいんだよ!」

「はっはっ、そりゃ呑気過ぎでしょ!?アンジーらしいけど。」

「考えてもしょうがないからね!私は軍事の事はからっきし解んないし。…私じゃなくて秋山ちゃん連れてくれば良かったかなー。」

遠くから彼女達を呼ぶ声が聞こえて来た。

「西住さーん、ケイさーん!お久しぶりです!」

知波単学園戦車道隊長、西絹代である
。他に二名、福田と玉田が同行していた。

お互い前の試合について型通りの挨拶を済ませた後、西絹代は大洗、サンダ
ースの代表者に今回の戦争参加についての覚悟を問い掛けた。

「もう、皆さんは命を懸ける腹は決まっておられるのですか?」

「…当たり前じゃない!この国の民主主義を共産主義から守る、これは私達サンダースの基本理念でもあるからね!…その点に関してだけどミホ達はどう思ってるの?」

ケイは自信に溢れた台詞とは裏腹に強がっているのであろう。みほと杏の目を見ずに言ったのがその証拠である。

「…私達は結構悩みました。私個人としては大好きな人達を守りたい、その一念で決断したんですけど…まだ迷いが無いと言えば嘘になるかもしれません。ケイさん達が羨ましいです。」

「あなた達の学校では民主主義の重要性とか教えない訳?」

アリサが怪訝な表情で質問した。

「ウチは何の特長も無い学校だからね
ー、悲しい事に。民主主義なんて単語は授業の中の一記号に過ぎないよ。」

角谷杏は自虐的に笑った。傍若無人な大学生達を見ながらそれを”似非民主主義の犬“と評した時と同じ表情だった。

「それで、あなた達の学校ではどうなのよ?」

アリサは次に西絹代に問い掛けた。

「我が校では基本的にはサンダース校と然程変わりません、ただ民主主義を守るといった概念では無いんです。ちょっと理解してもらうのは難しいんですけど…つまり私心を捨て公に尽くすというのが基本理念ですかね。
因みに知波単学園の校訓は七生報国と言うんですが、これは七度生まれ変わっても国に報いるという意味です。
なので私達もこの精神に則り行動しようと思います。この度の支那軍による侵攻は神聖な国土を守り抜く為の聖戦として戦わなくてはなりませんね!」

「ひえぇ…。強烈だねえ!」

角谷杏は苦笑した。西住みほはその皮肉めいた一言を知波単の代表者が気を悪くするのではと思ったのか「会長…
ちょっと」と小声でたしなめる。しかし杏は侮蔑を持って笑った訳ではない
。ただ、そこまでして国に尽くす高校生が今の日本に存在するとは信じていなかったのだ。

ケイは西絹代に無礼を承知で質問した


「…でも、あなた達の戦車でホントに戦えるの?type97じゃ結構厳しい戦闘を強いられると思うんだけど…。」

西絹代には特に気にしている様子は伺えなかった。寧ろ自信に溢れた口調で
ケイの質問に答える。

「ケイさんは我々が突撃しか攻撃法が無いと思ってるんですよね?いや、それは否定はしません。しかし、知波単戦車道部では戦車戦だけの訓練に留まらないんです。例えば徒歩戦闘における破甲爆雷を使用した敵戦車への肉薄攻撃や夜間白兵突撃など、さまざまな訓練をしています。
まあ、戦車での突撃訓練だけだと他にやる事無いというのもありますけどね
、ははは…。」

「それってまさか…スーサイドアタック…。あなた達、まだそんなクレイジ
ーな訓練をしてるの!?死を前提にした攻撃法なんて現代戦では無意味だわ
!そんな事やってたから76年前に対米戦争に負けたのよ!?」

「それについて今議論をしようとは思いません。我々はただ局地的な勝ち負けよりもいかに国体を維持出来るか
、そこが重要だと考えます。76年前、戦争に敗けはしたけどそれから現在に至るまで日本人は白人の奴隷って訳じゃない。政治的な意味合いでは微妙な所ですが…。つまりは戦う我々の気概一つで日本国民の運命は左右されるんです。」


知波単学園はかつての大日本帝国陸軍の影響を色濃く残し、今もその精神性を堅持している学校である。その性質上において彼女等が命を投げうってでも敵と刺し違えるといった前近代的な戦法を選択するのは当然であろう。
西絹代の話を聞いていた西住みほやケイ達は戦慄した。自分達にそこまでの気概や戦闘意欲は持てそうに無い。しかも、昔の日本人はその強固な敵愾心
を燃やし米国と戦い破れた。中国という強国と戦争すれば次は自分達がやられる番ではないかと思うのは自然である。

会議の時間が近づき、志願者達は所定の席に付き始めた。

「あの、西住隊長殿…。」

ふと声を掛けられ振り向くと知波単学園の一年生部員、福田が立っていた。
非常に小柄な彼女は椅子に座った西住みほと然程身長差を感じない。

「はい、何でしょう?」

「…今日、アヒル殿達は来ておられないのでありますか?」

「えっ…。アヒル…殿?」

「あっ、すまなくであります!その、八九式に載っておられる…」

「ああ、バレーボール部の…。ゴメンね、今日は私達だけなの…。」

「…そうでありますか。で、では西住隊長殿が帰られましたら知波単の福田が宜しくとお伝えいただきたいのでありますが。」

「うん、分かった!帰ったら必ず伝えておくね。」

「はい!有り難くあります!」

福田は嬉しそうに自席へ戻った。恐らく彼女とバレーボール部のアヒルさんチームとは対大学選抜戦以来、深く絆を結んだのだろう。しかし福田は一年
生である。一見するだけでは中学一年生位にしか見えない彼女まで戦場に狩り出すのか?多くの参加校が一年生を残して志願する中、知波単学園は前述した自殺的斬り込み攻撃法を含め学年関係無く総力戦を戦おうとしている。
西住みほは暗惨たる気分にならざるを得なかった。