これが本当の本土決戦death

第2章2



第二波の中国軍攻撃機が飛来して来たのは丁度その時である。

「西住隊長!新しい敵機が積乱雲から七機…いや、十二機真っ直ぐこちらに向かってきます!」

木々の間から黒ごまの様に見える敵機をカモさんチームの車長、園みどり子が発見した。彼女は前述した通り、校内での義勇兵募集の時、いち早く参加表明をした中の一人である。

西住みほ、角谷杏と部員達の間で繰り広げられた戦時下での再会による感激ムードは中国軍の第二波襲来によって
中断させられ、それは極度の緊張感に取って変わった。
園みどり子の声に驚いた部員達は、太平洋に広がる積乱雲に不安気な視線を向ける。しかし、西住みほだけは林道に戦車を暴露した状態であるのを即座に危険だと判断した。

「車長と操縦手は乗車!各車、二十メートルの間隔を開けて戦車を林の中に隠して下さい!手の空いた人は林道に残った履帯の痕跡を消すか、草や木の枝で戦車を擬装して!」

時間は一刻一秒を争う。
みほの指示通り、みな一斉に作業を始めた。特に防空訓練など未経験であるのにも関わらず、その動きは無駄のない見事なものである。
また、瞬時に航空攻撃に対処する為の指示を出す西住みほは「即席」とはいえ、やはり軍人指揮官であった。待避壕を掘るより戦車の存在を敵から隠匿する事を優先したのだから。
敵機は二手に分かれた。十二機の内、五機は機首を九十度西に向け水平線の向こう側に向かうが残りの七機は真っ直ぐこちらに向かってきた。
部員達は戦車を待避させた後、林道から百メートル程先にある窪地に身を潜めた。一機の戦闘機が彼女達の頭上すれすれをかすめ、全員一斉に身を屈める。
ウサギさんチーム(一年生)の誰かが悲鳴をあげた。それとは対象的に、通り過ぎた戦闘機に向かってカモさんチーム園みどり子と金春希美、後藤モヨ子が手元に落ちている石を拾って投げつけてながら口汚く罵っている。

「おい、カモさんチーム!頭を上げるな!敵に見付かるだろうが!」

河嶋桃の怒声が響き渡るとカモさんチームの三人は「はい」と渋々小さな声で返事した後その場に小さくうずくまってしまった。その様を見た桃は独り言の様に呟く。

「…あんな目立つ行動されてはこっちが迷惑だ…我々はこんな所で死ぬわけにはいかないんだぞ…。」

それを横目で見ながら西住みほは大洗町に対する攻撃は第一波に比べるとどこか積極性に欠けているなと感じた。
隣にいた秋山優花里も同じ感想を持ったようである。

「西住殿。敵の動き、おかしくないですかね?さっきから町の上空を旋回してるだけで…。攻撃というよりあれは上空援護に見えるんですが…。」

「うん、私もさっきからに気なってた。航空自衛隊の反撃を警戒してるのかも…。」

「…それとも何かの牽制ですかね?町の方角より海岸線に向けての攻撃のほうが激しいと思うんですよ。」

「え!?…」

西住みほと角谷杏は同時に声をあげた
。優花里はびっくりして交互に二人を見ながら、どうしたんですか?と聞く


「優花里さん!今、双眼鏡持ってる?有ったら貸して貰えるかな?」

「あ、はい。持ってますよ!」

みほ達がいる窪地からだと隆起した草むらが邪魔して海岸線が見通せない。
優花里から双眼鏡を受け取ったみほは杏と共に百メートル先の小高い地点まで腰を屈めながら素早く前進した。

双眼鏡のレンズの向こうは第一波を凌ぐ凄惨な光景をみほの網膜に映し出した。海岸線一帯ちぎれた人間の身体の一部が散乱し、浜と波打ち際は真っ赤な血でそまった。泣きわめく幼児を庇うように前のめりに倒れた母親の頭が首から吹き飛ばされているのが見える
。その前には赤十字のマークを付けたトラックとヘリが横転しながら黒煙をあげていた。元々、身を隠す障害物が無い海岸線には臨時野戦病院の開設を聞きつけ治療の為に集まって来た大勢の人達がひしめき合っていたがその多くは当然怪我人が大半を占め、その怪我の為に走って逃げる事もままなら無いまま中国軍の攻撃により殺されてしまったのである。

「いくら何でもここまでやるか!?
同じ人間のやることとは思えない。
…そういや、あのおっさん達無事に逃げたのか?生きてるといいんだけどな…。」

杏はみほから渡された双眼鏡を覗きながら、中国軍の残虐を非難しつつ林道で会った中年男とその父親の安否を気遣った。だが海岸線の状況を見る限り
彼等が生き残っているのは絶望的かもしれない。
突然その横でみほは嘔吐した。

「おい!西住ちゃん、大丈夫!?」

杏はみほの背中をさすりながら、それ以上慰めの言葉が見当たらない。
みほが嘔吐したのは自分が発した中年男に対する安否発言が希望的観測に過ぎないのをみほ自身が知っているはずだからでそれによりみほに精神的負担を掛けた、と杏は了解した。そして、
「ああいう人間は災害だろうが戦争だろうが死なない」などと無責任な発言
をした事を後悔し、みほに謝罪しようと思ったが何故かそれを言う気にはなれない。杏は自分の心が冷酷になったのではないかと自らに軽い自己嫌悪を
感じた。

「あ…すみません、汚いところを見せてしまって。ちょっと気分が悪くなってつい。…でも、もう大丈夫ですから
。」

みほはハンカチで口許を拭いた。
彼女もまた角谷杏とは違う自己嫌悪に
よって嘔吐という身体的拒否反応を起こしてしまったのである。
まず、みほが海岸線の惨状を見たとき
(あの父子は生きてはいない)
と直感的に空想した。その後、
(あの時、満身創痍の怪我人に向かって余計な怒りをぶつけてしまった)
と反省し、
(あのおじさんは死ぬ直前、何を思ったんだろう?私が余計な事を言ったばかりにきっと義勇兵に志願した息子さんを心配しながら死んだに違いない。)
と自己嫌悪した。
いや、正確に書けば自己嫌悪と怒りと悲しみが一度にみほの思考に侵入したと表現するのが的確だろうか。
起動車内で”見ず知らずの他人“の死体の山を目撃した時とは違う、例えるなら“親戚の誰かを殺された”的な怒りと悲しみに自己嫌悪が交わった複雑な感情と言ってもいい。


気が付くと部員達の上空には航空自衛隊の戦闘機が制空飛行している。
深追いはせずに上空を旋回するに留ま
っている自衛隊に対して不満を漏らす声が聞こえた。
敵機が去った後、窪地から出てきた部員達はみほと杏のいる所に集合していたのだ。

「ねえ、秋山さん。どうして航空自衛隊は追撃しないのかな?自衛隊は僕達を守る為の組織じゃないの?…。」

アリクイさんチームの車長兼通信手の猫田は珍しく語気を荒める。

「…さあ、もしかして他の所も攻撃されていて大洗の防衛が手薄になってるのかも知れませんね。…もしくは政治的な理由とか…。」

下を向き落胆している猫田に代わり武部沙織が口を開く。

「何で!?じゃあ他の所は良くて大洗の人達はたくさん死んでも構わないって事なの!?」

「い、いや、そういう事じゃなく…」

「だって、そうじゃない!…それに何よ…政治的理由って…意味分かんない!


秋山優花里は武部沙織に日本の政治や外交姿勢の現実を話す事が、彼女に対しどこか残酷な宣告をするような気がして口をつぐんでしまった。

実際この時、中国軍は大洗のみを攻撃対象にした訳ではない。
厳密にいうなら今回の日本本土爆撃作戦の主目標は千葉県九十九里と鹿児島県志布志である。大洗爆撃は九十九里上陸作戦における牽制攻撃に過ぎなか
った。大洗町に比べ、九十九里を爆撃した攻撃機の数は約二倍の三十二機にのぼる。その為、百里基地等、関東地方上空防衛を担うはずの迎撃戦闘機は九十九里方面に忙殺されてしまった。優花里が大洗町に対する防衛の手ぬるさを指摘するのはこの為である。詳細については後程記す機会があるだろうから今は割愛する。

ここで問題なのは秋山優花里が二番目に指摘した「政治的理由」である。

中国軍の爆撃があった当時、その情報はすぐさま首相官邸に連絡された。
その直後、首相からの反撃命令は防衛大臣から防衛省、防衛省から自衛隊の各方面隊へと多少の連絡ミスがありながらも通達されたようである。
(メールでの空襲警報遅延の原因はこれにある。)

問題はその前に行われた与党、野党の代表者会議にあった。
爆撃の始まる六時間前、小笠原諸島硫黄島にある航空自衛隊のレーダーには空母一隻と複数隻の護衛艦艇が領海ギリギリに留まり、いつ攻撃されてもおかしくない事を把握していた。これは普通の国家の防衛思想としては宣戦布告と捉えられる行為である。だがそれが我が国日本だと大きく解釈が違ってくるのだ。
「緊急防衛計画会議」が開かれたのは本土爆撃の五時間前である。

「国民の生命財産の安全を最優先に鑑みた場合、中国空母から攻撃機を発艦させる兆候ありと判断したら即座に対艦攻撃に移る。」

この防衛大臣の言葉に野党である民進党、共産党、社民党の各党首が噛みついた。

「中国は単に脅しているだけだ。こちらから先制攻撃を仕掛けるなどもってのほかである。また憲法九条の理念を冒涜する行為でもあるのだ。あなた方はまた国民を戦火の渦に巻き込むおつもりか?」

これに、防衛大臣が反論する。

「中国がいざ我が国を攻撃してきたら同じ台詞が言えるのか?あなた達は九条九条とお題目の様に唱えるが、『憲法守り民草枯れる』という事態になったら国民にどう詫びるのか?」

「中国はあなたが思う程短絡的な国ではないと信じている。むしろ、あなたが戦争を欲しているような印象を受けるのは私達だけだろうか?まずは中国を話し合いのテーブルに着かせて平和裡に問題終結を図るべきだ。」

終止この調子である。
結局、与党案と野党案の意見を折中して、中国の先制攻撃を受けた場合のみ最大限の反撃はするが領海外の敵艦艇については反撃の対象外とする。それに付随して硫黄島への対艦攻撃能力を有した軍用機は配備されない事になった。野党側の言う所によるとそれは相手国を刺激しない為の配慮らしい。これが大洗だけでなく、九十九里に住む大勢の国民の命を失う最大の理由とな
った。
最大限の「配慮」と「反撃」の要り混ざった、大いなる矛盾に満ちた緊急防衛計画の不備により多くの大洗町民が犠牲になった事を秋山優花里だけで無くとも保守思想を持つ国民は肌で感じていた。優花里が武部沙織に日本外交の悪癖を説明出来なかったのは当然の成り行きなのである。


「おーい!」と林道の向こうから叫びながら一台のオフロードバイクが近寄ってきた。運転している三十代位の男は自らを地元消防団員の団長だと名乗った。

「君たちは大洗女子学園の戦車道部員だよね?」

汗だくになった顔をタオルで拭きながら団長は戦車道部の代表と話がしたいと言う。
生徒会長でもある角谷杏が応対した。

「私が話を聞きます。」

「いやあ、随分捜したよ。山の廃校跡にいるって聞いてたから行ってみるともぬけの殻だったからねぇ。…時間がないから単刀直入に言うよ。今から君達とあそこにある戦車を貸して欲しいんだ。」

「…それは構わないんですが…どうして…」

「僕らじゃ戦車は動かせないからね。
実は救助と搬送用に戦車が必要なんだ。見ての通りそこら中瓦礫の山で一般車両が近づけない。町中の重機をかき集めてもまだ足りないんだよ。そこでキャタピラのある戦車なら大いに活用出来ると思ったんだ。まあ学生の君達にこんな事頼むのは筋違いかもしれないが…駄目かな…。」

杏は部員達を見渡した。
無論、自分だけの独断で救助作業を引き受けるのを躊躇ったからだが部員達
の目付きは「熱望する」と言わんばかりであった。

「分かりました。今から向かいます」

「ありがとう、協力を感謝する!きっと町のみんなも喜ぶよ!」

オフロードバイクが先行する後ろに四号戦車以下、七両の戦車が砂埃を巻き上げながら大洗町へと進む。
西住みほは町民の為に救助作業を安請け合いした事を些か後悔していた。
自分が気道車内や双眼鏡越しに見た光景を他の部員達はこれから嫌という程目撃する事になるからだ。恐らく角谷杏も同じ思いに違いない。

四号戦車の車内は重苦しい空気が支配していた。武部沙織は頭をうな垂れた格好で「…戦争…とうとう始まっちゃったね…」と呟いたが誰もそれに答える者はいない。話題を変えたかったのか冷泉麻子が口を開いた。

「しかし、今町に降りて大丈夫なのか?また敵機が来たら私達が真っ先に狙われるぞ!?」


「…分からない。でもここまで破壊し尽くしてるからこれ以上の爆撃は無意味だと思う。一応車長の人達には上空の警戒を重視する様に言ってるし。でも、もし敵機が現れて撃たれそうになったらすぐに戦車を放棄して。」

四人は努めて大きな返事を返した。


「みほさん。私、視力はとてもいいんです。だから上空監視やらせてくれませんか?」

上空監視の為に天蓋から上半身を乗り出したみほが視線を落とすと、五十鈴華が優しい笑みを浮かべていた。チーム中で一番細やかな気づかいを示すのはいつも彼女である。

「え!…悪いよ…。指示をしたのは私だし。自分だけズルするのは…!」

「空襲が始まってからずっとみほさんは線路から逃げて来たんですから少しは休んでいて下さい。」

華の優しさは車内の空気を幾らか変える効果をもたらした様だ。

「いいじゃん、ここはお言葉に甘えなよ。みんなみぽりんの事を心配してるんだよ?さっきだって吐いてたじゃない!?」

「武部殿の言う通りですよ。それにほら!カメさんチームだって。」

秋山優花里が指差すヘッツァー戦車の上空監視は角谷杏ではなく砲手の河嶋桃が着いていた。みほは(きっと会長命令だな)と勝手に空想し笑いが込み上げそうになる。

「じゃあ替わってもらうね華さん。ありがとう!」

「はい!お任せ下さい!」

戦車は林を抜け、海を水平線まで見通せる地点を進む。
秋山優花里が保冷用水筒を取り出し、スポーツドリンクの注がれたカップをみほに渡そうとした時、突然五十鈴華の声が車内に響き渡った。
当然今の状況から他の四人は敵機の襲来を予期しただろう。が、華の口から出た言葉はある意味敵機襲来をも凌ぐ衝撃を四人に与えた。

「皆さん、水平線に大きな黒煙が見えます!え!?……あれは…学園…艦…」

戦車を停止させ全員が戦車の上に躍り出た。みほが後ろを振り替えると他の
戦車からも部員達が出て来て水平線の黒煙を眺めている。それが学園艦だと判明するとほぼ全員が戦車上にへたりこみ声を殺して泣いた。

安全海域にいたはずの学園艦は途中でスクリューの不具合が発生し母港である大洗に戻る途中を中国軍に襲われた
。前述の通り、この学園艦には大洗女子学園戦車道部員の親達が乗船していた。角谷杏が「近い将来学園艦も安全では無くなる」と言った事は思いもよらない早さで現実となる。
部員達の中には漁船やタンカーではないかと訝しむ意見も出たが全長七キロにも及ぶ巨大な船は学園艦以外にはあり得ない。

悲しみに暮れる部員達の中で奇妙な集団心理が働いた。
そこまで巨大な船であるのならまさか沈む事は無いだろう、沈まないのならより安全な防水区画に避難したに違いない、と言った希望を一部の部員が主張しだしたのだ。

「みんな、きっと大丈夫だ!…学園艦は絶対に沈まん。だ、だから我々は目の前の仕事に全力を傾けよう!」

真っ赤に目を腫らした河嶋桃は声の震えと戦いながら大声で部員達を鼓舞し
た。角谷杏はふと、西住みほの顔を見る。みほはその視線を感じ取り一瞬、二人は目を合わせた。憐れみに満ちた杏の表情とは対照的にみほは絶望の淵をさ迷うかのような目をしている。

戦車道部員達が作業にとりかかる頃、
自衛隊のヘリから一本の無線が救急本部に届いた。
それは学園艦における生存者は絶望的であるという内容である。