3日後。
訓練最終日。
天気は清々しい程に快晴。
5月初旬の暖かい風が吹く中、47両のルクスが旧市街地のショッピングモールの駐車場に集合した。
上級生との初めての試合に、一年生達はみんな少し緊張しているようだ。
隊長機は第十三部隊。
そして一年生全体の総隊長は逸見エリカだ。
ルールは全車両撃破したチームの勝ち。
殲滅戦ルールだ。
一年生チームが街の西側、上級生チームが東側に陣取る。
当然お互い、相手の初期配置は把握していない。
まずは相手の位置と出方を伺うのが最優先となる。
エリカは首のマイクを押し当てて味方全車両に伝えた。
「作戦は昨日話した通りよ。まず偵察隊7両が先陣を切って発進する。偵察隊の情報を待って、約15分後に第一陣(本陣)20両が散開するように出撃。敵が1ヶ所に固まらないよう誘導する。孤立した敵機を第二陣10両、私を含めた第三陣10両が遊撃部隊として各個撃破にあたる。この作戦は味方からの情報とルクスの機動力を生かしたスピードが鍵になるわ。各隊素早い判断と行動を求む」
『了解!』
各部隊から返事が帰ってくる。
しばらくして試合開始時刻を迎えた。
「よし、それでは作戦開始!」
エリカは気合いの入った声で言った。
エリカの声と共に偵察隊7両が颯爽と出撃していった。
「偵察隊、うまく敵を見つけれるかな」
少し心配そうな表情で真由は言った。
「街の広さは約4㎢だけど、敵は6両しかいないから索敵は結構難しいかもしれない」
みほはいつもの冷静な表情だった。
「敵は多分後方で待ち伏せているはずよ。数が圧倒的に違うから、こちらの出方を見てから出てくるでしょう。とりあえず先遣隊には撃破されてもいいから敵の居場所をなんとしても見つけてもらうわ」
一年生部隊は奇襲作戦を仕掛けたかった。
機体性能に差がある相手に対してこの作戦以外にはないとも言える。
上級生チームには読まれているかもしれない。
だが、こちらの数とスピードをもってすれば優位に立てるはずだ。
エリカはそう思っていた。
偵察隊の一機から無線で第一報が入ってきた。
『第十五部隊、E50地点で撃破された…』
エリカは驚いた。
なんともう1両やられてしまったらしい。
時計を見ると、試合開始からまだ5分もたっていなかった。
「敵は見つかったの?」
『いや、敵の姿は全く掴めず。西側から撃たれたみたい』
「西側ですって⁉」
エリカは更に驚いた。
第十五部隊はこちらの進行方向とは逆から撃たれたのだ。
「E50地点はここからおよそ2km…」
みほは地図を見ながら言った。
「敵はもう半分の距離まで迫ってきてる!おそらくこの進行速度からするとパンター…」
みほがそう言うと、新たに無線が入ってきた。
『こちら第四十二部隊、C40地点で撃破された!敵の姿は見えず!』
『第二十三部隊、B60地点で撃破された…同じく敵の姿は見えず…』
続けざまに2両撃破されたようだ。
「同時に違う場所で!?っていうことはもう敵は2両以上半分の距離まで迫って来てるってことだよね?いくら何でも早すぎじゃない?」
真由は驚いたように言った。
「ティーガーとヤークトパンターのスピードじゃ短時間でここまで来るのは無理だから、やっぱりパンター2両がきてるね。それに最初の第十五部隊がやられた場所より近い。敵はこっちの予想よりもはるかに強引に攻めてきてる。どうするのエリカさん?」
エリカは焦ったような表情をしていた。
「こちら第十三部隊エリカ、敵2両がすでに本陣に迫ってきてる。短時間で迫って来てることから察するに、おそらくスピードのあるパンターよ。生き残った偵察隊はそのまま進軍して、引き続き後方にいるであろう敵を索敵して頂戴。こっちに来ている敵は本陣部隊と遊撃部隊の私達が叩く」
エリカは無線で全部隊に指示した。
するとみほは慌ててエリカの方を向いた。
「待って、偵察隊は引き返させた方がいいんじゃない?そのまま行かせても返り討ちに会うだけだよ。それよりも引き返させて、私達とこちらに来ている敵を挟み撃ちにした方がいい」
みほはエリカに助言した。
「なにを言っているの。こっちは40両もいるのよ。敵はパンターだとしてもこれで撃破できなかったらそもそもこの試合勝てるわけがない!」
「そ、そうだけど…」
エリカはみほを一蹴すると再び咽頭マイクを押し当てた。
「こちら第十三部隊エリカ、第一陣部隊は迫ってる敵を索敵しながら、予定通り散開するように発進して。第二陣は第一陣の後方で距離を保ちつつ、第二十三部隊がやられたB60地点を目指して。第三陣は第四十二部隊がやられたC40地点を目指すわ」
エリカの指示で待機していた40両が一斉に動きだす。
真由は時計を見た。
偵察隊が出撃してからまだ8分しかたっていなかった。
真由はやっぱり勝てないんじゃないかな、と心の中で思った。
『こちら第十九部隊、A30地点で敵と出会した!パンターだ!』
第一陣の第十九部隊からの無線だ。
エリカはすかさず指示を出す。
「こちら第十三部隊エリカ、我々を含む第三陣は至急A30地点に向かうわ!第二陣部隊はそのまま進軍を続けなさい!第一陣部隊でA30地点から100m以内の車両はいる?」
『こちら第十四部隊、今A30まで50mの地点だよ』
「じゃあ、第十四部隊は第十九部隊の援護に向かって!他の第一陣部隊はそのまま進軍よ」
第十三部隊を含む第三陣もA30地点へ方向転換し、向かった。
A30地点まではおよそ100m。
『第十九部隊、パンターにやられた!』
『第十四部隊、第十九部隊をやったパンターと交戦開始!敵は壊れた住宅の壁に車体を隠しながら撃ってる!』
「こちら第十三部隊エリカ、第十四部隊は無理な交戦は避け、敵の出方を伺いなさい。そこに多数の戦車が入れる場所はあるの?」
『二車線の道路を挟んで敵と向かいあってるんだけど、敵がいる家は道路沿いにあるから道路に出れば多数の戦車で攻撃をしかけられるよ!』
「了解したわ」
「エリカさん、そこの路地を曲がったらA30だよ」
操縦しているみほの言葉を聞いたエリカは、キューポラから顔出し前方を確認した。
「よし、第十三部隊と第二部隊、第三十一部隊はここで停止。第三陣の残り7両はそのまま路地を曲ってA30に入って。そうしたら二車線の道路に出るから。敵発見次第、7両一気に突撃して」
エリカの指示で7両が狭い路地を曲がってA30に入っていった。
『第十一部隊、パンター発見!』
突撃した7両は敵の居場所を確認した。
敵パンターも7両の存在に気づき、第十四小隊に向けていた砲塔を第三陣7両の方へ向けた。
『撃てぇ!!』
第三陣7両はパンターが隠れてる壁ごと吹き飛ばす勢いで一斉に射撃した。
壁は粉砕され、パンターの姿は顕になった。
だが装甲は貫けていない。
パンターはすかさず75mm砲を撃ち返してきた。
近距離で砲撃を受けた第十一部隊のルクスは吹き飛ぶように転がって白旗を上げた。
パンターはルクス撃破と共にその場から走り出した。
『逃げるつもりだぞ!撃て!撃て!』
第三陣は逃げるパンターに追い討ちをかけた。
だが更なる砲撃も車体横面の傾斜装甲に弾かれた。
パンターは走りながらも道路向かいにいた第十四部隊のルクスに照準を合わせる。
同時に砲撃音が鳴り響いた。
『第十四部隊やられた!』
パンターはそのまま走り去る。
『追え追え!』
走り去るパンターを残った6両が追いかけた。
無線で状況を聴いていたエリカは眉間にしわを寄せた。
「ちっ…!大暮、地図を貸しなさい!」
エリカは真由から奪いとるように地図を掴むと、パンターを回り込むルートを探した。
「よし、私達も動くわよ!西住、路地に入らずこの先を直進して!第二部隊と第三十一部隊は私達についてきなさい!」
『了解!』
第十三部隊を含む3両は動きだした。
「大暮、今装填している徹甲弾を吐き出して」
「え、あ、うん」
真由は適当な方向へ向けて発砲した。
エリカは弾薬庫から榴弾を取り出して装填した。
「大暮、パンターに出会したら履帯を狙って撃ってちょうだい」
「わかった」
第二部隊と第三十一部隊にも榴弾を装填させて、同じ指示を出した。
十三部隊は逃げたパンターを追っている第三陣6両と無線でやり取りし、パンターの逃走ルートを逐一把握した。
「よし、このまま行けばこの道の先で出くわすわ!左側の角よ!大暮、準備して!他の2両も砲撃準備!」
すると道先の左側からパンターが飛び出してきた。
「撃て!」
第三十一部隊の放った榴弾は外れたが、第十三部隊と第二部隊の放った榴弾はパンターの履帯に当たり、炸裂した。
パンターの履帯は爆風で切れてしまい、転輪から外れてしまった。
動きの自由を奪われたパンターは蛇行しながらマンションの壁にぶつかった。
エリカは徹甲弾を装填した。
「全車両撃てぇ!」
第十三部隊含む3両とパンターを追ってきた6両が一斉にパンターに向けて射撃した。
その内の3発が車体後部を貫いた。
パンターから白旗が上がる。
「よっしゃー!」
真由は歓喜の声を上げた。
「なんとか1両撃破だね…」
みほはため息を吐きながら言った。
すると無線が入ってきた。
『こちら偵察隊の第十八部隊。偵察隊4両が市街地東端まで到達したが敵見つからず。残りの敵の位置は未だ把握できず…』
エリカは驚いた。
予想では鈍重なティーガーや戦車駆逐車のヤークトパンターはあまり動かないと思っていたからだ。
「まさか…」
すると突然、隣に居た第三十一部隊の車体が破壊され白旗が上がった。
「しまった!どこからなの!」
そこにいた一年生部隊全員がその場で敵を探した。
『立体駐車場の屋上だ!』
エリカはキューポラから顔を出して20m先の三階建ての立体駐車場の屋上を見た。
なんとそこにはパンター1両、ヤークトパンター2両、ティーガー1両が陣取ってこちらに向けて砲撃していた。
「まずい!全車両後退!!」
エリカは叫んだが、すでに遅かった。
雨あられと降り注ぐ砲弾で、その場にいた味方は次々とやられた。
『第二十部隊行動不能!!』
『うわああ!第二十三部隊やられた!』
『第三十九部隊撃破された!』
味方のルクスはあっという間に破壊されてしまった。
「くそっ!!西住っ!!」
「くっ…」
みほは全速力で車体を走らせながら砲撃をかいくぐった。
敵の砲弾が車体をかすめ、車体横の装甲板が剥げ落ちた。
真由は反撃しようと潜望鏡を覗きこんだ。
「エリカ!徹甲弾!」
徹甲弾が装填されると、すかさず引き金を引いた。
ティーガーに直撃したが、その分厚い前面装甲を貫くことは出来なかった。
第十三部隊は敵の攻撃をギリギリで掻い潜ると、なんとかマンションの裏に隠れた。
「こちら第十三部隊エリカ!第三陣は私達以外全車撃破されたわ!敵はD80地点の立体駐車場にパンター1両、ヤークトパンター2両、ティーガー1両で集まっている!一年生チームは全車D80地点に集結!繰り返す!一年生全部隊D80地点に至急集結!!」
エリカは必死に無線で指示を出した。
『こちら第三十三部隊、かなり減らされたね…了解!』
『こちら第四十部隊、私達もそっちに向かう』
エリカは返信を聞くと額から流れ出る汗を右腕の袖でぬぐった。
車内は3人の熱気で溢れていた。
「砲撃止まったね…」
みほも手汗をタオルで拭いながら言った。
第十三部隊が隠れてしまうと、敵は砲撃を止めたようだった。
「すごい砲撃だったね…みんなもドンマイって言ってる」
真由は各部隊からの返信を聞きながら言った。
「…」
エリカはキューポラから外へ身を乗り出すと、双眼鏡で立体駐車場を見た。
砲撃は止まっているものの、屋上ではすべての敵車両が砲塔をこちらへ向けているままだ。
「ここから出た瞬間敵全車両から撃たれるわね…味方が来なければどうにも出来ないわ」
「身動きとれないね。エリカさん、そこからティーガーの車体番号は見える?」
「車体番号は217よ。西住先輩が乗るティーガーではないようね」
「ということはお姉ちゃんのティーガーは単独で行動してるみたいだね。でもぐずぐずしていたら、お姉ちゃんも駆けつけてくるかも…」
「…」
エリカはみほの言葉を聞くと、考えるようにして腕を組んだ。
開いたコマンダーキューポラの蓋に寄りかかり、空を見上げた。
綺麗な青空と暖かな光がエリカの顔を照らした。
「第六部隊、聞こえる?聞こえるなら返事してー」
唐突に上げた真由の声が車内に響いた。
エリカは車内に戻った。
「大暮、どうしたのよ?」
「さっきエリカが全部隊に集合かけたじゃん?でもなかなか返事が返ってこない部隊がいくつかいたんだよ」
エリカとみほは怪訝な顔をした。
「だからこっちから改めて連絡入れてるんだけど、まったくうんともすんとも言わないんだよねー」
「なんですって?至急返答がない部隊を確認して!」
「ちょっと待ってねー」
真由が無線で確認してみると、連絡がとれない部隊はなんと13両もいた。
偵察隊4両と第一陣部隊9両だ。
「おっかしいなぁ。アンテナが壊れてるのかな。でも他の部隊とは連絡できるし、私達のアンテナが壊れてる訳じゃないみたい」
「じゃあ連絡のとれない13両のアンテナが壊れてるってこと?」
「んー多分」
「13両共?」
「んー。…多分」
「そんなバカな」
十三部隊の3人は困惑した。
「お姉ちゃんだと思う…」
言葉を発したみほをエリカは見た。
「西住先輩が13両も撃破したってこと?でも無線連絡がないのはおかしいでしょう」
「でもお姉ちゃんが何か関係があるのは間違いないよ」
真由もなんでだろうと不思議に思った。
ただ考えてみてもわからないので地図を開いてみた。
ふと市街地北部に横たわる鉄道路線が目に入った。
『こちら第四十部隊、D80地点に到着。立体駐車場の敵を確認した』
駆けつけた味方から通信が入ってきた。
「こちら第十三部隊エリカ、味方が全車集まるまで待機して。敵は屋上から動く気配は無いわ。だけど敵に決して見つからないように気をつけて」
『了解』
その後も続々と味方が到着した。
エリカは到着した味方に指示し、立体駐車場の方に射線が通る位置へ味方をまばらに配置した。
「変だよ…」
「何がよ」
「敵は全車両ともまだ屋上にいるの?それって変じゃない?普通この状況なら何両かは動いてもいいはずなんだけど…」
「確かに変だけど、こっちにとっては好都合よ。そろそろ音信不通の味方以外のルクスが全車集まるわ」
エリカがそう言うと無線が入ってきた。
最後の味方が駆けつけたようだ。
音信不通の車両以外の第一陣9両、第二陣10両が配置についた。
「こちら第十三部隊エリカ、全車とも立体駐車場の屋上に照準を合わせなさい。屋上の床を破壊して敵を一網打尽にするわ」
エリカの指示で全味方車両が射撃準備に入った。
真由も照準を屋上に合わせた。
『パンターが動いた!』
味方からの無線を聴くと、エリカは急いで車内から出て確認した。
パンターは一目散に立体駐車場一階へと向かっていた。
ティーガーやヤークトパンターも動き出していた。
「こちらの動きに気づかれたわ!第一陣は一階入口に目標変更!パンターが出てきたら撃って!第二陣は一斉射撃!撃てぇ!」
第十三部隊を含む11発の榴弾が立体駐車場屋上の一部分に集中的に発射され、一部の床が崩れ落ちた。
ヤークトパンターが1両巻き込まれて二階に転落、瓦礫の山に埋まってしまった。
『瓦礫の隙間から白旗確認した!』
瓦礫の下敷きになったヤークトパンターは撃破したようだ。
「よしパンターが出てくるわよ!撃ち方用意!」
パンターが一階入口から出てきた。
「撃て!」
第一陣部隊9両はパンターに向けて集中砲火を浴びせた。
パンターは数発被弾したが、致命傷は与えられなかった。
『だ、ダメだ!こっちに来る!うわぁ!』
パンターはそのままこちらの車両を発見すると、あっという間に距離をつめて第一陣部隊の1両を撃破した。
『第二十六部隊撃破された!』
「ちっ!第一陣の8両はパンターを囲んで対応して!他の部隊は立体駐車場を破壊するまで撃ちまくって!」
第二陣と第十三部隊は次々と榴弾を立体駐車場に撃ち込んだ。
だが砲撃の嵐に見舞わられても、ティーガーとヤークトパンターは持ち前の装甲の厚さで耐え、反撃してきた。
ティーガーとヤークトパンターの照準はパンターと対峙していた第一陣部隊に向けられていた。
『うわああ!第四十五部隊やられた!』
『くっそ!第十七部隊やられた!』
なかなかパンターを仕留めきれない第一陣部隊は、立体駐車場からの砲撃で、次々と破壊されていった。
「くそ!」
エリカは徹甲弾を装填した。
「大暮!ヤークトパンターを直接狙え!」
砲塔が回らないヤークトパンターは、射撃する為に第一陣部隊の方に前面側を向けていた。
その為、装甲の薄い側面は第十三部隊の方に晒されていた。
「撃て!」
真由はエリカの指示でヤークトパンターに射撃した。
見事にヤークトパンターの側面を撃ち抜いた。
「やった!」
真由の喜びの声と同時にヤークトパンターから白旗が上がった。
『第十六部隊やられた!』
喜びはつかの間、パンターとティーガーの攻撃は確実にこちらの車両を減らしていた。
「撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃てぇ!!」
第十三部隊と味方は立体駐車場とティーガーに砲弾を撃ち込みまくった。
だが、ティーガーは舞い散る瓦礫と煙の中、まったく微動だにせず反撃してきた。
1両また1両と、ティーガーが砲撃する度にこちらの味方がやられていった。
なんとしても味方が全滅する前にけりを着けなければならない。
この撃ち合いに競り勝たなければならない。
エリカは手に汗と血を滲ませながらも、一心不乱に砲弾を装填した。
真由も装填される度に引き金を引いた。
「あっ!」
『崩れるぞ!!』
何度も打ち込まれる砲撃に、立体駐車場一階の支柱が遂に耐えきれず崩れ落ちた。
土台を失ったことにより、中央の床面に亀裂が入り、轟音と共に真ん中から崩れるようにして三階建ての立体駐車場は瓦解した。
巻き込まれたティーガーは成す術もなく、その瓦礫の中に引きずり込まれていった。
辺りはその衝撃と瓦礫と煙に包まれていった。
『パンター転身!逃げられちゃうよ!』
残ったパンターはこの機にその場から離脱した。
「全車パンターを追いなさい!!絶対にしとめるのよ!」
エリカの指示で生き残った12両のルクスはパンターを追った。
「あとは瀕死のパンターとお姉ちゃんのティーガーだけか…こんなにうまくいくとは思わなかった」
「大分戦力は減っちゃったけどね~」
「それはしょうがないわ。このくらいの被害は折り込み済みよ。私達がここまでやるなんて上級生チームは思ってなかったでしょう。この勝負、十分勝機はあるわ」
「でも、一番の強敵お姉ちゃんのティーガーが残ってる」
「これまでの戦いで証明されたように、数で圧倒すればチャンスはあるわ。まだこっちは12両残ってるしね」
「そうだけど、依然連絡がとれない味方が気になる…お姉ちゃんのティーガー1両に全部やられたとしたら、数で勝っていても厳しいかもしれない」
「そうだったとしても、やるしかないわ」
「…そうだね」
パンターは街の北部へと向かっていた。
一年生部隊は逃げるパンターを見失わないよう必死に追いかけた。
平地ではパンターよりも軽戦車であるルクスの方が圧倒的に速いのだが、道がいりくんでいる市街地ではトップスピードにのることはできない。
真由は地図を開いた。
「この先には鉄道車両の整備基地があるよ。多分たくさんの線路が引かれてる。廃棄された車両が残っていれば遮蔽物として使えるけど、あまり残っていなければ結構開けた場所かも」
「こっちにとっては好都合ね。数が生かせるわ」
「パンターが車両基地に入っていくよ」
エリカは咽頭マイクに手をかざした。
「よし、こちら第十三部隊エリカ、全車、車両基地へ突入!」
第十三部隊を含めた全車両がパンターを追うようにして鉄道車両基地の敷地内へ入っていった。
見渡す限り線路が広がっていた。
線路上には鉄道車両が数両残っているのみで、ほとんど遮蔽物のない開けた場所だった。
エリカは再び咽頭マイクに手をかざした。
「全車スピードを上げてパンターとの距離をつめて。できるだけ多くの車両で囲んで一斉射撃よ」
エリカは味方車両に指示を出した。
『…』
「あれ?」
エリカの指示に対してどの部隊からも返答はこなかった。
「どうしたの?みんな聞こえてる?聞こえているなら返事をしなさい」
『…』
返事が帰ってこない。
「あ!」
突然みほが叫んだ。
「どうしたのみほ?」
「やられた味方の車両がある!」
「なんですって?」
エリカはキューポラから上半身を出して辺りを見回した。
周囲にはいくつもの破壊されたルクスが白旗を立てて横たわっていた。
それは無線連絡がつかなくなっていた部隊の車両だった。
「なんてこと…」
すると突然大きな砲撃音が聞こえた。
砲撃音と同時に前方を走っていた味方のルクスが吹き飛んだ。
「どこからなの!?」
エリカは砲撃の軌道を辿るように敵を探した。
「ティーガーよ!10時方向にある廃棄車両の物影にいるわ!」
真由は砲塔横のハッチを開けてエリカの言った方を見た。
212の車体番号が刻まれたティーガーがそこにいた。
西住まほが搭乗するティーガーだ。
距離はおよそ300m。
「エリカ!パンターの砲身がこっちに向いてるよ!」
みほの声が車内にこだました。
「何!?」
パンターは走りながらも砲身を十三部隊に向けていた。
「しまった!」
エリカの叫びと同時に砲撃音が響いた。
エリカはやられたと思い一瞬目を閉じた。
が、再び目を開けると大破して転がっていくパンターが見えた。
「え…?」
エリカはティーガーの方を振り向くと、ティーガーの砲身から砲煙が上がっていた。
「今ティーガーがパンターを撃ったよ!どういうことなの!?」
一部始終を見ていた真由は疑問の声をあげた。
エリカも何故?と思ったが、すぐさま咽頭マイクに手を当てた。
「全車攻撃目標ティーガー!!敵は鈍重よ!みんな息を合わせて一気に距離をつめて!」
エリカは無線で指示を出したが、やっぱり返事は帰ってこなかった。
「ダメか!」
味方のルクスは各々の判断でティーガーへと向かって行った。
足並みは揃っておらず、ティーガーからすればいい的だった。
単機ずつ近づいてくるルクスをティーガーは軽々と打ち落としていった。
「こっちは足の速い軽戦車だよ!?命中精度高過ぎじゃない!?」
砲手である真由はティーガーの砲撃の正確さに驚いた。
「お姉ちゃんのティーガーには、最高の技術を持った搭乗員しか乗ってないからね…弾の装填も砲身の耐久性ギリギリの速さで行ってる」
「感心してる場合じゃないわよ!このままじゃ全滅するわ!この場から離脱しなさい!」
みほは車体を方向転換させて基地敷地内の中央に建っている建物へ向かった。
十三部隊の近くにいた味方が、1両だけこちらの動きに気づいてついてきた。
ティーガーに突撃していった味方の方は次々とやられていった。
最後に突撃したルクスはティーガーに体当たりし、ゼロ距離までつめて砲撃したが、ティーガーの分厚い装甲を貫くことは出来ずにすぐさま88mm砲を至近距離でぶちこまれて大破した。
第十三部隊と、ついてきた第二十八部隊のルクスはティーガーから見えないように建物の壁に張りいて隠れた。
建物は10m四方で屋上に鉄塔が建っていた。
鉄塔の横には大きなアンテナが付いている。
エリカはキューポラから外へ出た。
第二十八部隊のルクスのキューポラも開いて中から搭乗員が出てきた。
第二十八部隊の車長である赤星小梅だ。
赤星は焦るように言った。
「ど、どうしよう!もう私達しかいないよ!」
「落ち着きなさい赤星。こっちは2両いるわ。どちらかが囮になってもう一方が敵の後ろをとればいい。ティーガーとはいえ、背面は装甲が薄いはずよ」
「わ、わかったよ。どうすればいい?」
「作戦はこうよ。ティーガーがある程度の距離にきたら、合図でこの建物から逆方向にお互い飛び出す。全速力で。ティーガーはどちらかに対応しなければならないから、ティーガーに捕捉されてない方のルクスが方向転換して背面をとる。いい?」
「わかった!その作戦で行こう!絶対成功させようね!」
「当たり前よ。絶対に勝ってやるわ」
そう言うと二人はお互いの車両に戻り仲間に作戦を伝えた。
そして2両のルクスは背中合わせに配置についた。
エリカはルクスの外へ出てティーガーの様子を伺った。こちらが隠れてる建物の方へ直進している。
ティーガーは距離およそ50mまで近づいてきた。
エリカはルクスのキューポラへと走って向かい、体だけ車内に入れると、同じくキューポラから顔を出している赤星に合図を出した。
「作戦開始!」
「了解!」
第十三部隊と第二十八部隊は同時に発進した。
みほはアクセルを踏み込み、車体をすぐさま加速させた。
勢いよく2両のルクスが建物の裏から逆方向に飛び出す。
ティーガーはそれに反応して、車体と砲塔を旋回させた。
エリカはキューポラを開き顔を出した。
被っていた帽子が凄まじい風に耐えきれず飛んでいった。
エリカは帽子のことなど気にせずティーガーの砲身の向きを確認した。
「ティーガーは二十八部隊の方を狙ってる!こっちは方向転換してティーガーに迫るわよ!…あ!」
エリカはしまったと思った。
「どうしたのエリカ!?」
「砲塔は二十八部隊の方を向いてるけど、車体はこっちに向けてる!」
「え?」
真由はすぐに理解できないようだったが、ティーガーは砲塔と車体を逆方向に旋回させていた。
そうすることによって砲身は第二十八部隊に、分厚い装甲の車体前面を第十三部隊へ向けたのだった。
「もうここしかチャンスは無いわ!西住、ティーガーへ向かって!」
「わかった!」
第十三部隊のルクスは方向転換し、ティーガーへと全速力で向かった。
ティーガーは第二十八部隊を88mm砲で意図も簡単に撃破すると、砲搭を第十三部隊に向けて旋回させてきた。
「大暮撃って!!」
「あいよ!」
真由は激しく揺れる車体の中で、ティーガーを見据えた。
「当たれぇー!!」
真由は徹甲弾を放った。
放たれた砲弾はティーガーの車体を直撃したが、その分厚い装甲により弾き飛ばされた。
エリカは次弾を装填し、ティーガーを目視した。
ティーガーの砲塔は真由達のルクスから向かって右側から旋回してきていた。
「西住、左よ!ティーガーの左側から回り込んで!」
ルクスは距離10mまできたところでティーガーの左側へと向かった。
だが、ティーガーは読んでいたとばかりに砲搭だけでなく車体も旋回させてきた。
時速60kmで走行しているルクスは、その強い遠心力によりティーガーに対して鋭角に回り込むことができず、逆に追い越すようにティーガーから離れていってしまった。
あと少しでティーガーの砲身が真由達のルクスを捉えようとしていた。
「ダメ!間に合わない!」
みほが叫んだ。
真由も自分の体にかかる凄まじい遠心力に耐えながら、負けを確信し目をつぶった。
エリカは目を見開いている。
「…負ける…負ける…いや、負けるなんて…嫌だあ!!」
エリカは叫んだ。
「西住!右よ!右に方向転換しなさい!!」
エリカは激しく荒ぶる車内でみほに指示を出した。
「む、無理だよ!車体がひっくり返るよ!」
「お前それでも西住流か!右と言ったら右なんだよぉぉ!!!」
エリカは叫びながら、おもいっきりみほの右腕を蹴りあげた。
「あああああ!!!」
蹴られたみほは右腕を抱えてうずくまった。
「エリカなんてことを!!」
真由はエリカに飛びかかった。
次の瞬間、操縦手を失ったルクスは方向を見失い、線路の路線切り替えレバーにぶつかってしまった。
衝撃でそのまま盛大にルクスは横転した。
横転したまま20m程滑り、そこで停止した。
ルクスの前にティーガーがゆっくりと近づいてきて、立ちはだかった。
ティーガーの砲身はほぼゼロ距離でルクスに向けられた。
しかし、ティーガーの砲身から砲弾が発射されることはなかった。
ティーガーのキューポラが開く。
車体の中から拡声器を持った西住まほが出てきた。
「貴様たちの負けだ。おとなしく外へ出てこい」
まほが言葉を放ってから数秒して、ルクスの砲搭横のハッチが開いた。
中から真由とみほ、エリカが出てきた。
みほは真由に抱えられながら苦痛に顔を歪ませていた。
「みほ、どうしたんだ!?」
まほは血相を変えてみほに駆け寄った。
みほはエリカをちらっと見たが、横転した時にぶつけたと言った。
「右腕か!ちょっと見せてみろ!」
まほはみほの制服のボタンを引きちぎり、無理やり制服を脱がせた。
「腫れてるじゃないか!くっ…私のせいだな。すまん、すぐに応援を呼ぶ!」
まほは無線を取り出すと至急救護班を派遣するよう伝えた。
「え?」
真由は唐突に声を出した。
まほは真由を見た。
「どうした?」
「無線…使えるんですか?」
「なんだ、貴様らまだ気づいていないのか?」
「え?」
「貴様らが隠れていた建物、あれは鉄道無線の基地局だ」
「…あーっ!」
急に真由は叫んだ。
びっくりしたみほは真由の方に振り向いた。
「まさかあそこから29MHz帯の電波が発せられてる…?」
「そうだ。私達が戦車で使っているFu5無線の電波も同じ29MHz帯だ。29MHz帯である10mバンドは太陽の影響で春から夏にかけて通信範囲が大きくなる。正確にはわからないが、この鉄道基地局を中心とした範囲の中では同じ帯域の周波数が干渉しあって私達が使っているFu5無線は無効化されてしまう」
話を聞いていたみほは驚いた。
「ここでは戦車の無線だけが使えなかったってことか…その話が本当ならお姉ちゃんが細工をしたってこと?」
「いやそうではない。黒森峰側が仕掛けたトラップだよ。私はそれにいち早く気づき、利用したに過ぎない」
「お姉ちゃん自ら囮になってこちらのルクスを干渉範囲におびき寄せて撃破してたってことか…さすがだよ」
「そんなことはない、戦場を理解し把握することは当然のことだ。…来たぞ」
大きな音をたてながら救護班のヘリが到着した。
ヘリが巻き起こす風と音が辺りを包んだ。
「あの!!」
「なんだ!」
真由は大声でもう1つの疑問をまほに投げつけた。
「何故パンターを撃ったんですか!?」
「…」
しばしの沈黙があった。
「あれだけの乱戦だったからな。たまたま私達が放った砲弾がパンターに当たっただけだ。戦場ではよくあることだ」
「そう…なんですか」
真由はなんとなくうつ向いた。
「どんな些細なこともすべては黒森峰の為だ」
そういうとまほはみほの体を抱えながらヘリに乗り込んだ。
二人をのせたたヘリは颯爽と飛び去った。
真由はヘリが小さくなるまで見ていたが、ふとエリカの方を見た。
エリカも遠くなっていくヘリを見ていた。
「エリカ、なんであんなことしたの。あんたのこと私絶対許さないからね」
エリカは真由を一目見ると無言のまま顔を下に落とした。
「もう絶対エリカとはチーム組まない。勝つことは大事だけど、やって良いことと悪いことがあるんだからね」
真由は心底怒っていた。
自分の大好きなみほを傷つけたエリカを許せなかった。
「…のよ」
「え?何?聞こえない」
うつ向いたまま喋るエリカの言葉はよく聞こえなかった。
「羨ましいって言ってるの!!あんただってこの気持ちわかるでしょう!?」
エリカは声を荒げて言い直した。
「な、何!?ど、どういうこと?」
「あんたも今二人が仲睦まじそうに寄り添うのを見て羨ましそうな目をしてたじゃない!私は西住先輩に無条件で可愛がられるあの妹が…西住みほが…憎いのよ…」
真由は一瞬どういうことかわからなかったが、少し考えると理解した。
「エリカ、あんたまさか西住先輩のこと…」
エリカは言葉を遮るように真由から体を背けた。
「私は幼い頃孤児だったのよ。親に捨てられたの。だから施設で育ったわ」
「え?」
真由は突然の昔話に驚いた。
「その施設というのはね、西住流が慈善事業の一環として運営している児童施設だったの。でも慈善事業とは名ばかりで、本当は身寄りの無い子を集めて有能な戦車兵を育て上げるのが目的だった。毎日が戦いの日々。負けることは許されない。生きる為には勝つことを体でおぼえさせられたわ。そして西住流の血を受け継ぐ者達、西住流の後継者へ忠実に従うよう洗脳された。施設の子達はみんな、生きる為に甘んじてその洗脳を受け入れたわ。でもね、私は絶対に従いたくなかった。だから私はいつも教官に殴られていたの。あいつらはね、顔は殴らないのよ。顔にキズがあればすぐに外にばれるから。おかげでお腹と背中はキズだらけ。見せましょうか?」
エリカはおもむろに上着を脱いだ。
「う、そ…」
真由はエリカの痛々しい体を見て言葉を失った。
体の至るところに『罰』が刻み込まれていた。
エリカはすっと上着を着直した。
「これに比べればさっきの私の蹴りなんてどうってことないわよ。そもそもあの姉妹も相当な訓練を受けてきているしね」
言葉を失っていた真由は、遠い目をしているエリカの横顔を見た。
「でもさ、そういうことなら西住先輩も憎いんじゃないの?」
「西住先輩…もとい西住まほは私達の事情を知ってか知らずかよく施設を訪れていたわ。そして毎日血へどを吐いていた私の元へ来ると、とても優しく接してくれた。友達になろうって言ってくれたの。もちろん私も最初は西住まほを拒否していたわ。こいつらの為に毎日辛い思いをしてるのにって。でもね、でもね…私に優しくしてくれる人はね、その時本当に西住まほしかいなかったのよ。心の安らぎは西住まほだけだったわ。私は友達になるって言ったの。そしたらね、彼女は優しく微笑んで、西住流のその施設から出所できる手続きをしてくれたのよ。12歳の私は施設から解放されて、逸見という知らない夫婦の元へ里子として迎え入れられた。それからは西住まほと会うことは無かったわ。彼女から会いに来てくれることも無くなった。だから私は戦車道を続けたわ。いつかまた西住まほと会う為にね」
真由はエリカの話を聞いて驚きと共に、自分と共通するものを感じた。
真由は妹のみほに、エリカは姉のまほに魅かれてこの黒森峰にやってきたのだ。
「じゃあ試合の前に西住先輩の地位を奪うって言ってたのは…」
「そんなの嘘よ。私の実力を見せつけて私のことを注目させたい。思い出させたい。ただそれだけなのよ」
「そうだったんだ」
エリカがこんなにも自分の過去を告白してくるなんて、真由は思ってもいなかった。
こういう風に話すること自体初めてだ。
とても複雑な気分だった。
真由は自分が立っている線路の先を見据えた。
夕日に照らされた戦車回収車が遠くの方に見えた。
「確かに大暮と私は今後敵対するかもしれないわね」
「…そうかな。いやそうはならないよ。だって私、エリカのこと少し理解したもん」
真由とエリカはお互いに見つめあった。
「私達って友達かな?」
「どうかしらね」
五月の暖かな風は少し温度を下げて、真由の頬とエリカの頬と、破壊されたルクスの白旗をゆっくりと撫でていった。